2013年12月29日日曜日

トゥルースの視線【83回】

進化するロボットと人間社会との関係②
ロボット工学三原則

 


201010NHKスペシャルで「無人戦闘機―貧者の兵器とロボット兵器」を見て驚いたことを思い出しました。安全な米軍の施設の中で無人戦闘機に搭載したカメラが捕えた映像をモニターで見ながら操縦士が戦闘機を操り、標的を攻撃するのです。現実は、テロリストの顔まで識別できる程の高性能カメラ画像を見つめ、確実に仕留めたかどうか確認するために着弾して人間が粉々になるシーンまで見続けなければならないことによって心的外傷ストレス症候群(PDSD)に陥る兵士が少なくないとのことですが、当時はまるでテレビゲーム感覚で戦争しているように感じて戦慄を覚えました。

 米国が最初に無人戦闘機で人を殺害したのは2010年のアフガニスタンとされています。今では、無人航空機(USV)市場に、欧米やイスラエルの大手メーカーに加え、北欧やパキスタン、中小零細企業までが参入し爆発的な勢いで市場は拡大しているそうです。

 しかし一方で、国連人権理事会が依頼した専門家チームの調査では、2004年以降パキスタンの3ヵ国で少なくも479人の民間人が犠牲になっているとのこと。パキスタンでは死者2200人のうち少なくとも400人が民間人、さらに200人が非戦闘員、アフガニスタンの死者は58人、イエメンでは少なくとも21人という調査もあり、リビア、イラク、ソマリア、パレスチナ自治区ガザでも調査を進めているそうです(10/23朝日新聞)。

 今年2TEDカンファレンス、SFスリラー作家ダニエル・スアレース『殺しの判断をロボットにさせてはいけない』(Eテレ10/28放映)のプレゼンテーションには、もっと大きい恐怖を感じさせられます。「人間殺害の決定をロボット自体が行う完全自律型殺傷機能」について語られているのです。201211月に米国防総省が、すべての殺害に関する意思決定に人間の介在を義務付ける命令を出しました。しかし、これは、技術的には人を要する訳ではなく、そこに人間を介在させることをわざわざ選択したことを意味します。

 スアレース氏は、遠隔操作の無人機が一旦配備されてしまうと、意思決定を人の手から兵器そのものへと押しやる要因を3つ挙げています。

 1) 無人機が撮影する映像が膨大になること(2011年には30万時間)。人間が確認できる量をはるかに上回り、視覚情報分析ソフトの力が必要となり、機械が人間に注目すべき所を指示するようになる。

 2) 電磁波による妨害(2011年イラン軍によるGPS信号のなりすまし攻撃で無人機と遠隔操作者との通信が途絶えてしまった)。これに対抗するために、無人機が作戦目的を把握し、人間の導きなしに新しい状況に対応するようになるだろう。

 3) まことしやかな関与否定。グローバル経済の中、無人機の設計が工場で模倣され裏市場へと拡散する可能性も高い。小国家や犯罪組織、民間企業、さらに有力な個人さえ入手でき、匿名での攻撃が可能となるので、見えない敵との戦いになる。

 また、途上国よりハイテク社会の市民の方がより大きくロボット兵器の危険にさらされている、と指摘しています。自律的兵器が標的を探すための絶好な材料は、「データ」。携帯電話の位置情報、電話の会話から集められるメタデータ、ソーシャルメディア、電子メール、金融取引、交通機関や移動のデータなど、膨大なリアルタイムデータが蓄積されているからだと。

 完全自律型の無人戦闘機は民主主義の危機を招くだろうと、憂慮しているスアレース氏はこう結んでいます。

 「私たちは 殺人ロボットの開発と配備を禁止する必要があります。 戦争を自動化する誘惑に負けないようにしましょう。 独裁政府や犯罪組織は間違いなくその魅力に屈するでしょうが、 私たちはその同類にならないようにしましょう。自律ロボット兵器は、あまりにも強力な力をごくわずかな人の手に集中させることになります。 そして、 民主主義制度を蝕むものになるでしょう。 民主主義のために殺人ロボットは、フィクションだけのものにしておきましょう」

 ここで今一度、SF小説短編集『われはロボット』(1950)で著者アイザック・アシモフが唱えた「ロボット工学三原則」を振り返ってみたいと思います。

 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条   ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
 
 
トゥルース・アカデミー代表 中島 晃芳


 
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2013年11月20日水曜日

トゥルースの視線【82回】

進化するロボットと人間社会との関係①

~自律型飛行ロボット「クアッドコプター」~

 

 


今年1にご紹介しましたが、テレビ番組「スーパープレゼンテーション」(NHKEテレ月曜夜1100~)は世界が注目するアメリカのプレゼンイベント「TEDカンファレンス」の様子を放映しています。
2/11放映の「協力し合う飛行ロボット」で、インド生まれのロボット工学者・米ペンシルバニア大学工学応用科学研究科教授ヴィジェイ・クマールが見せた、ペンシルバニア大学ヴィージェイ・クーマー研究室で開発している飛行ロボットは圧巻でした。直径20㎝程で重さ50g、消費電力15Wのクワッドコプター(4個のモーターでプロペラを回転させる基本的なマルチコプター)は、とても小さく実に俊敏な動きをします。しかも、自律型のロボットです。小さいので自然災害で崩れた建物や核施設内にロボットを送り込んで状況の確認や放射能レベルのチェックができるようになります。GPSがないところでも、Kinectカメラ(自分のジェスチャーでゲームをするときに使うカメラ)とレーザーファインダーを搭載して、ロボットがどこにいて何を見ているかに基づいて座標を定義し、周辺環境の3次元地図を作れるとのことです。この機能により、見知らぬ建物の内部の地図を自律的に作成できるのです。
さらに驚くのは、20台のクワッドが編隊飛行を行うのですが、2次元でも3次元でも自由自在に編隊を組み、障害物があれば別の編隊に組み替えることもできることです。これは中央の1つのロボットが指令しているのではなく、お互いに他のロボットとの距離を監視し、この距離を許容範囲に保つというアルゴリズム(問題を解くための手順)を組み込み、分散的に行わせているのです。これは、アリが協力して餌を運ぶ時に明示的なコミュニケーションをしていないが、集団として暗黙の調整を行っていることにヒントを得たとのこと。
 
 
そればかりではなく協力した作業も行うことができます。このプレゼンテーションでは、2台のロボットが協力して物を運んだり、3台のロボットが3つの異なった構造物を同時に組み立てたりしていました。ロボットに設計図だけ渡せば、手順はロボットが自動的計算をして作業を行うそうです。また、9台のロボットが飛行しながら6種類の楽器を自動演奏するパフォーマンスも最後に披露しました。
教育者であるクマールは、「このようなロボットは小中高の教育を大きく変え得ると思います」と述べています。
今年6月、TEDGlobalのロボット・ラボで行われた、スイス連邦工科大教授ラファエロ・ダンドリーアの「クアッドコプターの驚くべき運動能力」にも目を見張りました。空中で静止したり、手で押すと跳ね返して来たり、重力を変えたかのような行動をしたりします。棒を立てたまま飛行したり、水の入ったワイングラスを乗せて水をこぼさずに飛行したり、投げたボールを正確に手元に跳ね返したりします。人間のスポーツと同じように、動きを反復練習させることによって、推測と制御のアルゴリズムを実行しているそうです。しかも、3台のロボットが協働して1つの網を持ち、ボールをキャッチして手元に跳ね返すという例を挙げ、協調行動ができることも証明しました。さらに、運動選手が怪我しても運動しているようにと4つのプロペラのうち2つをはさみで切り、2つのプロペラで飛ぶことができるのには驚きました。最後に、Kinectカメラを使って複数のロボットを人間の動作と協調させて操るデモンストレーションも楽しむことができました。
ダンドリーアは最後にこう締めくくっています。「機械のスピードが私たちの生活にもたらす影響は何でしょう? 過去のあらゆる発明と創作と同様、それは人々の生活の改善にも使えるだろうし、誤った使い方もできるでしょう。私たちが直面しているのは、技術的ではなく、社会的な選択です。正しい選択をして未来の機械から最善のものを引き出しましょう。ちょうどスポーツが私たちの最善の部分を引き出すように」

トゥルース・アカデミー代表  中島 晃芳
 
 
 
 
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2013年10月22日火曜日

トゥルースの視線【81回】

ICT夢コンテスト受賞「NESTロボコン」の思想②
-学び合う、学びを支援する-

■NESTロボコンの成果

参加者は、活動地域や年齢が異なるだけではなく、まだプログラミングを学んで半年に満たない者から、ロボカップ世界大会の出場者や優勝者までいた。そのため、学年差・経験差が大きな者同士でチームを組む場合も多かった。そのような中で、初対面の者同士が、チームとして競技で良い成績を出すために協力せざるをない状況を作り出すことができた。お互いにコミュニケーションをとり、チームワークを良くする努力をしなければならない。自分のロボットやプログラムを紹介し合い、チームとしてどのような戦略を採るかを話し合っていた。また、年長者や経験が豊富な者は、年少者が分からなかったりつまずいていたりする箇所を積極的に教えていた。また、チーム間の交流もあり、チームを超えて学び合う場面も頻繁に見られた。たった一日の活動ではあったが、多くのことを学び取ると同時に、多くの友達を作ったようである。

加えて、主審の補助役である副審として競技の運営に携わることにより、コンテストを運営してくれている人々の苦労を知り、感謝の気持ちも芽生えたようである。また、正しい運営を実現するために、大人と子供が真剣に意思疎通を図り、自然に協力し合っていた。

一方、運営に参加して下さった先生や父母は、子供たちが真剣に夢中で取り組んでいる姿に間近で接することにより、彼らの熱心さを十分感じとり、子供たちの活動をより深く理解し、さらに支援していきたいという気持ちが強まったようである。

当アカデミーの教育方針は「社会的構成主義」という教育理論(視線第67回参照)を主軸にし、実践しています。教師による一方的な知識の教授ではなく、子供たちが自らの活動を通して自分の力で知識を獲得し構築していくこと。そして、自分一人ではできないことでも、お友達や先輩、教師との関わりの中で、意見を交換したり刺激し合ったり、そのコラボレーションの過程で、自分の力で達成していくことが社会的構成主義の教育方法です。これは、知識や情報の活用力を求める世界標準の「PISA型学力」(視線12回参照)の育成に最も有効とされる方法です。私たち教師が行うべきことは、教えることではなく、目標課題を設定し、学びをデザインし、活発に頭脳の交流が行われる環境を整えることに他なりません。

ロボカップジュニアやFLLは世界共通の課題です。参加している中学生の中には、英語で書かれたセンサーの専門的な説明書を辞書を引きながら理解しようとしていたり、プログラミングに必要となる三角関数や微分・積分などの考え方も学んだりしている子もいます。試験のためとか受験のためとかいった、他から押し付けられた学びではありません。自分が目標を達成するために必要なことを自主的に学ぶ「内発的な学び」が可能になるのです。これは「好きこそものの上手なれ」と言うように、楽しいからこそ実現できる学びでもあります。

特にロボカップジュニアの競技会場では、子供たちの活動エリアへの大人の立ち入りは厳禁、ロボットに触れることもプログラムを教えることも禁止されています。子供たちはスケジュール管理を含め自主的かつ自立的に活動し、生起する問題を自分たちで解決しなければなりません。これは一朝一夕にはできませんので、日頃から鍛えておく必要があります。また、子供たちが自分の力で物事にチャレンジするには、絶対的な安心感が必要です。大人たちが、子供たちの活動を理解し、(直接教えたり指示したりするのではなく)陰に陽に支援することによって、その安心感は生まれます。大人は、子供をとことん信頼する勇気を持たなければならないのかもしれません。

NESTロボコンは年に1回、1日だけの活動ですが、当アカデミーの授業では継続的に長期間にわたる指導により、子供たちに学ぶ楽しさ、考える楽しさ、目標達成できた喜びを十分実感してもらい、自信とプライドを持って物事に取り組めるようになってほしいと願っています。
 
 
トゥルース・アカデミー代表 中島 晃芳



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2013年9月15日日曜日

トゥルースの視線【80回】

ICT夢コンテスト受賞「NESTロボコン」の思想①
~ 学年を超えて、世代を超えて、みんなで創るロボットコンテスト ~
 
 
Truth通信2013年3月号でも紹介いたしましたが、『NESTロボコン2012』は、ICT(情報通信技術)を使った教育事例コンテスト「ICT夢コンテスト」でCEC奨励賞を受賞しました。

この9月から「FLL(ファーストレゴリーグ)」や「ロボカップジュニア」というロボットコンテストに向けての活動が本格的に開始します。受賞理由を考えながら、私共がどのような教育思想の下に指導しているか、ご理解いただければと存じます。

「NESTロボコン」は次のようにデザインしたロボットコンテストです。(以下、レジュメより抜粋)


1.チーム編成
ロボットコンテストは、「これまでの学習成果の発表の場」であると同時に、別々の地域や環境で学んできた参加者同士がお互いに学び合ったり刺激し合ったりする「絶好の学習の機会」でもある。学年の境を超えた者がチームを組むことによって、年少者は年長者から学び、年長者や豊富な経験を持つ者は年少者・初心者に教え、1つのチームとして協力・協働の場を創出したいと考えた。

2.ロボットとプログラミング
参加者は異なる学習環境で、様々なキットや素材でロボットを作っており、ソフトや言語で制御プログラムを組んでいるため、ハードやソフトの制約は一切設けないことにした。このことにより、課題達成のためのアプローチも異なるので、実に多様なロボットの形状や機構、デザインが見られ、また使用するセンサーも学習の達成度や戦略によってかなりの違いがある。当然プログラムの組み方も実に千差万別であり、オープンエンドの問題解決学習の実現を目指した。プログラミングの学習レベルや経験に応じて競技が選べるように3種類の競技を用意した。また、得点条件も複数段階設定した。さらに、初心者向けのKokohore!WanWan!では、宝の隠し場所を発見した時に行うパフォーマンスを審査員が評価する「ベスト・パフォーマンス賞」を用意し、独創性を発揮させるようにした。

3.プレゼンテーションポスター
プログラム開発のオープンソースの考えを援用し、競技中に他チームのロボットとその動きを実際に見るだけではなく、その背景となっている多様な考え方や問題に対するアプローチの仕方、様々な技術を学び合える環境を作り出そうと考えた。

4.運営スタッフ
子供がやっている競技をただ観戦しているだけではなく、自らも参加することによって、子供たちがどんなことをしているかを理解し、子供たちの活動を応援している気持ちを目に見える形で子供たちに伝えることができるのではないかと考え、先生や父母にスタッフとして運営に携わっていただいた。このことによって、子供の学習意欲が向上するだろうし、教室や家庭でも共通の話題としてより多く上ることで、コミュニケーションの機会を増やすことができるのではないか、という期待を抱いたからである。
参加者の子供たちが副審を担当する意義は、競技運営者としてルール運用の実際を経験することによって、よりルールに対する理解を深めることにある。また、主審担当の先生や父母の審判助手をすることにより、コンテストの成功という同一の目的に向かって大人と子供が協力し合える状況を作り出すことを意図した。


このようなデザインを基に行った「NESTロボコン」の成果、私共がロボット・サイエンスだけでなく、ブロック・サイエンスやリトル・ダヴィンチ理数教室でも貫いている教育の考え方について、次回お話ししたいと存じます。

トゥルース・アカデミー代表 中島 晃芳
 
 

2013年7月20日土曜日

ロボカップ世界大会2013オランダ遠征報告

ロボカップ世界大会2013オランダ遠征報告
-高き目標に向かって勇気をもって挑んでいこう!-


去る6月26日(水)〜30日(日)、世界的な電気メーカー・フィリップ社の創業者の出身地であり、オランダ南部の工業都市アイントホーフェンで、RoboCup2013世界大会が開催されました。私たちを迎えたのは、広がる田園牧畜風景と25年ぶりの寒波。時折雨が降る寒い曇天の毎日でした。

当アカデミーからは、レスキューAプライマリ「neos(ネオス)」、レスキューBセカンダリ「Amalgamζ(アマルガムゼータ)」、レスキューB「Inertia(イナーシャ)」、ダンス・プライマリ「i-Wedding」の4チームが参加。オランダ遠征ツアーには、NPO法人科学技術教育研究会を一緒に運営しているエレファントアリーのダンス・プライマリ「The Samurai Spirit(居合)」と、都立産技高専サッカーオープンリーグ「Gcraud(ジークラウド)」、Co-spaceレスキュー「Ryuu(リュー)」が加わり、ご家族とスタッフを含め36名の大遠征隊になりました。

初日は受付を済ませると、インタビューと調整。インタビューは英語で行われます。ダンスチームには日本人のジュニアOBが審査員に入っていたのですが、レスキューは通訳がつかないことになりました。ここで、ロボットやプログラムの開発が自分たちの手によるものであることを証明できなければ最悪の場合「失格となります。

2日目からいよいよ本番。ダンスは2日目と3日目にそれぞれ1回予選の舞台演技があります。i-Wedding1回目失敗、2回目では最後まで演技をすることができ、TOP10入りし決勝進出を果たしました。4日目の決勝ではうまく演技をすることができませんでしたが、有効なセンサーの使用で受賞することができました。

レスキューは24日目の3日間、毎日3回、全9ラウンドの予選競技が行われます。そのすべてが異なったフィールドレイアウトで行われます。しかも、調整に使用できるのは練習用フィールドのみで本番のフィールドは使えません。日を追うごとに難易度は上がっていきます。銀色の缶を被災者に見立てて救済するレスキューAでは、2012年ルールで行う5GWジャパンオープンまでの国内大会と、2013年ルールで行われる世界大会とではルールが大きく異なる上、昨年より難しいコースだったので、どのチームも苦戦したようです。 Amalgamζはあともう一歩で満点になるラウンドもありましたが、neosと共に8位という結果になりました。ただ、大きなルール改訂で、皆新たなチャレンジ精神を刺激されたようです。一方、迷路を進みながら熱源を被災者と見立てて発見していくレスキューBで、世界大会経験が豊富なInertiaは安定した成績を獲得していき、準優勝に輝きました。


世界大会では国内大会と違って、5日目最終日には他国のチームと組む「スーパーチーム」方式の競技が用意されています。ダンスは審査員の判断によって23チームで編成され、i-Weddingは席が隣で仲良くなったオーストリアのチームと、そして来年世界大会が行われるブラジルのチームと共に「i-Loboticajam」というチームを結成しました。英語での意思疎通は難しかったのですが、それでも身振り手振りを交え必死にコミュニケーションを取ろうとしていました。それでも、このチームはテクニカル・ワールド・チャンピオンという賞を獲得しBest3に入ることができました。


レスキューのスーパーチームは2チーム編成。前々日の夕方にスーパーチームのために特別に用意されたルールと、抽選によるチームの組み合わせが発表されました。今回のテーマは、2台のロボットが何らかの通信手段を使って、一方のロボットが調査結果を伝え、もう一方のロボットがその情報に基づいて行動すること。neosはスウェーデンのチームと、Amalgamζはメキシコチーム、Inertiaはブラジルチームと組みました。neosは、なかなかロボットの動きが相手チームとかみ合わず10位。Amalgamζはパーフェクトを出したものの、僅かなタイム差で惜しくも準優勝Inertiaは、安定した実力と巧みな戦略により準優勝。入賞した2チームは高校生・大学生ということもあって、英語でのコミュニケーションもかなり取れていたようです。


毎日朝早くから夜遅くまで、疾風怒濤のごとく過ぎ去った5日間が終わり、翌日の帰国日には半日の僅かな時間で、慌ただしい観光を楽しみました。アムステルダムの街を巡る運河クルージングを楽しみ、レストランで昼食を取り、国立近代美術館でゴッホやフェルメール、レンブラントの実物の絵画を鑑賞しました。皆の顔には疲れと安堵の色が入り混じっていたように思います。


ほとんどサッカーの試合を見る時間はなかったのですが、大きく競技運営方式が変わりました。これまではスーパーチーム方式が中心だったのですが、個別チームの試合が112試合、スーパーチームの試合が11試合、3日間予選リーグを行って決勝トーナメントを行う形式になりました。試合数は昨年と比べかなり減ったので、多少不満の声も上がったようです。しかし、特筆すべきはスーパーチームの運営です。今までの中で一番大きいサッカーBフィールドの4倍もの大きさのある、とてつもなく大きなフィールドで、なんと5台対5(これまでは2台対2)で戦うのです!ロボカップジュニア史上における従来の常識を覆すようなエポックメイキングな出来事です。これまでには考えられなかった環境でとても苦労していたようですが、参加者たちは大盛り上がり。皆心から楽しんだようです。


ロボカップジュアは世界の教育学者がデザインする唯一の世界的なジュニア向けロボットコンテスト。今回の世界大会で最も強く感じたことは、特にサッカーとレスキューでは企画者の世代交代が始まったのか、実に斬新なアイデアに満ち、ロボカップジュニアが本来向かうべき方向に近づこうとする努力を正しく示したのではないか、ということです。一言で言えば、理念の高さを感じました。しかし一方、ロボカップジュニアが「ペンシル型の発展形態(裾野が広がらずレベルだけが高くなっていく発展の仕方)」になっているのではないかという危惧を感じることも否定はできませんが。

参加した生徒たちは皆無事に帰国することができました。日本で彼らを待ち受けていたのは定期試験(試験期間とぶつかった生徒は追試)。現実は厳しいものです。しかし、その厳しさを十分承知しつつも、自らの挑戦に果敢に全身全霊で挑んでいく生徒たちを私は誇りに思っています。ロボットに向かう情熱と同じだけの情熱を勉学にも注ぎ込んでくれていると信じています。そして、選ばれた数少ない日本代表の一人として味わうことができたこの貴重な体験を人生の糧として、大きく飛躍してくれることを期待しています。

 
トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳
 
【ロボカップ世界大会2013オランダ 結果報告】

■レスキューチャレンジ
<Aセカンダリ>
Amalgam ζ (川端Y・小林A) 個別競技:第8位 スーパーチーム:準優勝
<Aプライマリ> 
neos (浜辺Y・新美S・鈴木Y) 個別競技:第8位 スーパーチーム第10位
<レスキューB>
Inertia (鈴木S・持田S) 個別競技:準優勝 スーパーチーム準優勝
■ダンスチャレンジ
<プライマリ> i-wedding (宮下M・飯山T・戸井田K・末村E・石崎R・高橋R)
ファイナル進出・カテゴリー「センサー賞」 スーパーチームTOP3

 

2013年7月10日水曜日

トゥルースの視線【79回】

自然と文化と歴史の町・箱根でサイエンスキャンプ!
-芦ノ湖のミステリー-

私は箱根が大好きです!古来東海道の要衝であり「天下の険」と謳われ、「東京の奥座敷」とも呼ばれた箱根。ちょっと時間が空けばついつい足を運んでしまいます。箱根と言えば、毎年正月に行われる「箱根駅伝」。1920年に始まり来年は第90回になります。観光地も枚挙にいとまがありません。箱根関所跡、旧街道、元箱根石仏群、大涌谷、芦ノ湖、仙石原湿原植物群落、彫刻の森美術館、箱根ガラスの森、ポーラ美術館、星の王子様ミュージアム・・・。乗り物もケーブルカーにロープーウェイ、山の傾面を登るためジグザグに登るスイッチバック方式の箱根登山鉄道(あじさい電車)と、いろいろ楽しめます。そして、なんと言っても温泉。ハイキングの後に温泉に入れるのは最高です。また、道中富士山が見えるとなぜか嬉しくなります。

今年はNPO法人科学技術教育ネットワーク(NEST)主催のサイエンス・キャンプが、なんと芦ノ湖で行われるのです!しかも湖畔の素敵なコテージに泊まって、ガラス張りの多目的ホールで屋内学習活動ができるなんて!(神奈川県立芦ノ湖キャンプ村)

芦ノ湖は箱根火山の中にあるカルデラ湖(火の活動によってできた大きな凹地に雨水がたまってできた湖)で標高724mに位置し、周囲19km、面積6.9㎢、最深部は43.5mもあります。芦ノ湖が誕生したのは、今から約3100年前に起きた神山の水蒸気爆発による土石流が、当時仙石原に流れていた川をせきとめて、その上流に水がたまり、湖になりました。現在は神山や駒ヶ岳、屏風山、三国山などに囲まれています。

実はこの芦ノ湖、とっても興味深いのです。

まず、湖底の地形芦ノ湖は北西-東南方向に細長い形をしていて、水深30m以上ある湖底が深い帯のようにこれに沿って6km近くも続いています。湖岸から湖底まではV型の急斜面です。有名な「逆さ杉」は、地震による地滑りで湖岸の樹木がこの急斜面をそのまま滑り降りて湖底に沈んだもの。1600年もの間湖底に眠り続けた杉が無数にあり、そのうち直立に近いものが「逆さ杉」で、現在は2本だけ。江戸時代までは水面上に頭を出していたそうですが、明治時代になって湖の観光開発が始まり、遊覧船の航行(大正9~)に危険が出たため先端が切り取られ、今では水上からその姿を見ることはできません。また、キャンプ村近くの早川水門の入り江には、根元が二分された、樹皮さえ残っている巨大な二股杉が直立したまま沈んでいるとのこと。専門家にとっても謎だそうです。

次に湧水。芦ノ湖から流れ出す川で有名なのは早川。流れ込む川は多数ありますが、どれも沢程度で水量に影響していません。芦ノ湖の水量を支えているのが湧水なのです。現在は透明度4~5mですが、明治時代までは16mもあって青く澄んでいたそうです。水がきれい過ぎて、バクテリアやプランクトンが極端に少なく、ほとんど魚が生息する環境になかったとのこと。この湧水が芦ノ湖の自然に今でも大きな影響を与えているのです。

特徴の一つは水温が低く、一年を通して夏冬かかわらず4℃であること。芦ノ湖の湖面が冬でも凍結しないのはこのためです。逆に湖面の水温が27℃になる夏でも湖底では4℃なので、かなりの温度差があり泳ぐには危険です。もう一つの特徴は、湧き出す水量が一定していないこと。湖面と湖底の中間(水深15m付近)には「温度躍層(やくそう)」という温度の境界ができるという珍しい現象が起き、水量が不安定なため境界は絶えず上下あるいは左右に揺れているそうです。このことにより、温水性のブラックバスやコイなどと、冷水性のヒメマスやニジマスが同じ湖に共存するという不思議なことが起きているのです。

遊覧船が渡る華やかな観光の湖・芦ノ湖に、こんなミステリーがあるなんて、とっても素敵ではありませんか?

残念ながらキャンプ期間中に観ることはできませんが、731日~85日は「芦ノ湖夏まつりウィーク」。箱根神社が万巻上人により開かれてから今年で1255年。芦ノ湖の守り神である九頭龍を奉る7/31「湖水祭」を皮切りに、8/1「例大祭」・8/2「御神幸祭」・8/4「龍神祭」・8/5「鳥居焼祭」まで様々な祭事が執り行われます。1000個を超える灯籠が湖上に浮かび、花火も打ち上げられます。お時間があったら、足を運んでみてはいかがでしょうか?

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳


2013年5月29日水曜日

トゥルースの視線【78回】

「リケジョ(理系女子)」の時代到来?③
-なぜリケジョは少数派なのか?(その2)-


日本の理科教育現場において男女でどのような違いがあるのでしょうか?

小学校から中学1年までの理科実験で「実験で中心的役割をした」と答えた男子は39.9%、女子は20.5%というアンケート結果があります(2004)
また、中学23年生の理科の授業中の行動観察によると、男女混合グループの実験では男子が中心的役割を担い女子は補助的な役割を担っているが、女子だけのグループの場合には女子は積極的である(1997)。生徒自らが課題を設定し実験を計画し遂行する理科における問題解決学習は、生徒の学習意欲を高める効果があるが、男子の場合は挑戦意欲の高まりが顕著なのに対し、女子はグループで協力し学び合うときに学習意欲が高まる (2006)

どうも男女では学ぶモチベーションの源が異なるようです。

では、日常生活での科学的関心や体験に違いがあるのでしょうか?

ノコギリやドライバーを使うなどの工学につながる経験がある女子は男子に比べて少なく、理系志向に影響があるとされている「外遊び」が好きだった女子も少ない(2004)。日常生活の中でのさまざまな科学的な体験の有無をスコア化した結果、「動植物に関する体験」は女子が高かったが、「自然体験」「生活体験」「日常体験」は男子の得点の方が高かった(2004)

河野銀子氏は、こういった体験の乏しさは、女子には危険な行為をさせたくないという周囲の大人の「配慮」によるものと推察されるが、実験器具の扱いに抵抗を感じ、実験で補助的な役割に甘んじ、こうした経験の連鎖が理科に対する消極的態度として習慣化・身体化していくのでないか、と指摘しています。

また、「母親は、将来自分が科学や技術に関わる仕事についたら喜ぶと思う」という男子は28.9%、女子15.8%。父親からの同様の期待に対して、男子31.4%、女子20.7%(2003)。将来子どもが科学技術職に就くことに対する親の期待度にも差があるようです。

しかし、興味深い調査結果もあります。「冷蔵庫やクーラーはなぜ冷えるのか」「CDの音がきこえるしくみ」などの身のまわりの自然や科学に関する事象を16項目挙げ、「詳しく知りたいこと」を選択させた結果、男女差がなかった(2004) 。女子は学校の理科への興味・関心が男子より低いのだが、日常的な科学的事象に対する関心は十分持っているということになります。

これらのことから、女子が理科を好きになり、リケジョに育つにはどうしたらいいかのヒントが得られるような気がします。

・幼いころから道具や工具を使わせ、自然活動などに積極的に参加させる
・女子が安心して学びやすい環境をつくる
・女子が持っている日常に密着した科学的関心を生かす
・協力型の学び合う場をつくる

当アカデミーでも、その方法論を模索し確立していきたいと思っております。ご期待下さい。

【参考文献】
『女子高校生の「文」「理」選択の実態と課題』河野銀子(山形大学地域教育文化学部准教授)


トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2013年4月24日水曜日

トゥルースの視線【77回】

「リケジョ(理系女子)」の時代到来?②
-なぜリケジョは少数派なのか?(その1)-

十数年前でしょうか、当アカデミーが学習塾だった頃、算数が抜群に得意な女の子がいました。
夏休みに行った特別授業では、小6と中3の受験生全員に同じ図形問題を出題するという恒例行事があり、その年は彼女が一番先に正解し、全員の前で解説授業を行いました。

数年後彼女が大学生になった頃、街でその母親と偶然会い、こんな話を聞きました。「ウチでは小さい頃からテレビゲームを禁止していたせいでしょうか?大学生になってもコンピューターに興味がないみたいで・・・。子供に何を与えるか、与えないか、という判断は親としてはとっても難しいことですね」と。

理数教室としての当アカデミーでは圧倒的に男子が多く、国内のロボットコンテストでもその傾向は変わりません。このような現状を考えるとき、前述の母親の言葉が思い出されます。ひょっとして育て方、教育の仕方にリケジョが生まれることを阻む要因があるのではないか?

河野銀子氏(山形大学地域教育文化学部准教授)は、『女子高校生の「文」「理」選択の実態と課題』という論文で、実に興味深い研究結果を発表しています。

「理系女子の約6割が高校時代に専攻を決定しており、その決定は担任や理数系教科などの教師の影響が強い。理系女子は自分だけで専攻を決めるのを逡巡する傾向があるためだ。『女子は文系向き』という社会通念に逆らって理系の世界に飛び込むには、他者からの助言や励まし、ロールモデルを知ることが重要である」と言うのです。

河野氏は、高校での進路選択は生徒の関心と学力で行われるものの、これらは高校になって急に生じるのではなく累積的に蓄積されるものなので、小中学生の理科の学力や関心について言及しています。

PISA(OECD生徒の学習到達度調査)TIMSS(国際数学・理科教育調査)の国際学力調査を見る限り、日本の中学生の科学的リテラシーにおいて、男女間に学力差はない。

■高得点にもかかわらず、日本の子供たちの理科に対する関心や態度が非常にネガティブであり、ネガティブさは女子により顕著である。

■国内の比較的大規模な調査では、中学入学後に女子のネガティブさが好転せず、中1から中2にかけてますます理科が嫌いになっていくことが明らかになっている。

日本の小中学生の女子の理科の学力は男子と変わらないが、理科への関心は男子より低く、その差は学年進行とともに拡大する実態が明らかになったという。一体なぜなのだろうか?

アメリカ大学女性協会(AAUW) のレポートでは、特に数学と理科の授業で、教師から生徒への働きかけにおいて男子生徒に対する期待度が高く男女差がみられる、と指摘している。

イギリスの理科授業に関する研究と実践のプロジェクト(GIST)では、男子が実際以上に男性的に見えるような行動をとることがあり、教師がそれを強化している、と。

科学そのものがもつジェンダー・ディバイス(西洋近代科学が白人男性の価値や行動と親密であること)が学校での科学でも浸透しているため、女子の興味や話し方、学び方が授業で期待されている科学的態度や価値と異なり、そのため女子は周辺に置かれている、というオーストラリアの研究もあるとのこと。

このように、欧米の研究では、理科授業での教師や男子生徒の態度、そして理科という教科の特性自体も、女子が理科に対してネガティブになっていく要因であることを指摘しています。

では、日本の教育現場では、どうなのでしょうか?
次回、その理由をご紹介したいと思います。


トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2013年3月12日火曜日

トゥルースの視線【第76回】


リケジョ(理系女子)の時代到来?①
-期待される理系女性の社会進出-


「リケジョ、カモン!大手メーカー、理系女子採用に力(2/7朝日新聞)
社員が男性ばかりだと考え方が偏りがちになり、新しい発想や製品が生まれにくいので、大手重電や自動車メーカーが大学・大学院で学ぶ理系女子の採用に力を入れている。
三菱重工では、技術系の新卒200名を採用しているものの女子は数%。そこで、今年1月下旬に初めて理系女子向けの会社説明会を開いたとのこと。

「もてもて理系女子、広がる活躍の場」(昨年6/17日経新聞)
かつては生真面目でとっつきにくいようなイメージがあった理系女子も、活躍の場が社会に広がるにつれ、後輩や男性から「かっこいい」とみられ始めている。厳しい就職環境の長期化や人生設計に対する漠然とした不安が「理系」の再評価につながっているのではないか、とその理由を分析。実際、女子の4年制大学進学率が上昇し男女差が年々縮んでおり、高学歴・専門志向が高く、理工系分野を選ぶ女子も増え、2011年度は7.6%が大学院に進学しています。

2011年10月発行の米国の物理化学専門誌「The Journal of Physical Chemistry」に、茨城県立水戸第二高校を卒業した女子学生らの論文が掲載され、理系女子への注目が集まり、各メディアで「リケジョ」の快挙として報じられたのが「リケジョ」の言葉の始まり。今、理系分野での女性の活躍は大いに期待されています。

独立行政法人科学技術振興機構(JST)が運営する女性研究者の活躍促進を図る『男女共同参画』(http://www.jst.go.jp/gender/index.html)には理系女性研究者等のロールモデル集「理系女性のきらめく未来」が掲載されています。その巻頭言「Shaping the Futureで、小舘香椎子・日本女子大学名誉教授は次のように述べています。
「国際競争も一層厳しくなることが予想される中、少子高齢化が急速に進む日本では、女性の能力を十分活用するとともに、活躍の場を作ることが急務です。とりわけ、資源の乏しい日本で、これまでの科学技術創造立国を維持・強化し、多様な視点や発想を取り入れながら発展を続けるために、将来の基盤でもある科学技術の担い手・伝達役として、理系女性への期待がより一層膨らんでいます。大学で学ぶ優秀な理系女性が少しずつ増えてきている中、女性が元気にいきいきと活躍することで、社会全体に活気が生まれていることは、行政、産業界、そして大学・研究機関においても認められてきています。(中略)今こそ従来の考え方や生き方に縛られず、新たな未来の選択とグローバルな活躍にむけて『チャレンジ』しようと思い立つきっかけになることを祈ってやみません。みなさんの未来の夢が、理系分野で学ぶことによって、膨らみ、輝きを増しながら少しずつ形となって実現されていくことを、期待し応援しています。」

以前、ある生徒のお母様が女の子の赤ちゃんを抱えて私にこう言ったことがありました。
「先生、私、この子を絶対に理系に進ませます。日本の文系社会ではまだ、男だから、女だから、というのがあるけど、理系社会だったら速く正確にできさえすれば、そんなことありませんから」と。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2013年2月15日金曜日

トゥルースの視線【第75回】

 
13歳の息子へ

-母からデジタル・ネイティブへのプレゼント-


先月の「新年のご挨拶」は、次の言葉で締めくくりました。

「これからは、テクノロジーを駆使して、自分の人生と自分の体と地域社会と政治と地球と、ちゃんと向き合うことが私たちに必要とされているのです」(心理学者 シェリー・タークル)

技術革新によって生まれる新しい技術は、便利さと広がる世界の可能をもたらします。しかし反面、それによって失うものや生じる危険性もあります。広く生活の中に普及する過程において、子どもたちが新しい技術を身に付けてほしいと思う反面、その危険性から子供を守り、人間としてその時期に身につけなければならないことが欠落しないようにするためには、どうしたらいいかという問題と、私たち大人は常に対峙しなければなりません。

アメリカのある母親が13歳の息子にクリスマスにスマートフォンをプレゼントした時に、契約書を添えました。
既にマスコミでも取り上げられたのでご存知の方も多いと思いますが、深く考えさせられると同時に感動的な文面なので、ここで改めてご紹介したいと思います。

以下、http://blogos.com/article/53423/ (翻訳打村明)から引用させていただきます。


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グレゴリーへ

メリークリスマス!

あなたは今日からiPhoneの所有権を持つことができます。やったね!責任感のあるお利口な13歳なので、このプレゼントはあなたに相応しい。

しかし、このプレゼントと受理すると同時にルールや規則が付いてきます。以下の使用契約をゆっくり読んでください。

私の親としての仕事も分かって欲しい。あなたを健康で豊かな人間性を持った、現代のテクノロジーをうまく活用していける大人に育てなければならないといことを。

以下の規則を守ることができなかった場合、あなたのiPhone所有権も無くなります。

あなたが大好きでたまりません。あなたと何百万個ものメッセージ交換をするのが楽しみです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


1.これは私の携帯です。私が払いました。あなたに貸しているものです。私ってやさしいでしょ?

2.パスワードはかならず私に報告すること。

3. これは「電話」です、鳴ったら必ず出ること。礼儀良く「こんにちは」と言いなさい。発信者が「ママ」か「パパ」だったら必ず出ること。絶対に。

4. 学校がある日は7:30pmに携帯を私に返却します。週末は9:00pmに返却します。携帯は次の朝の7:30amまで電源オフになります。友達の親が直接出る固定電話に電話出来ないような相手ならその人には電話もSMSもしないこと。自分の直感を信じて、他の家族も尊重しなさい。

5. iPhoneはあなたと一緒に学校には行けません。SMSをする子とは直接お話しなさい。人生のスキルです。

7.このテクノロジーを使って嘘をついたり、人を馬鹿にしたりしないこと。人を傷つけるような会話に参加しないこと。人のためになることを第一に考え、喧嘩に参加しないこと。

8.人に面と向かって言えないようなことをこの携帯を使ってSMSやメールでしないこと。

9.友達の親の前で言えないようなことをSMSやメールでしないこと。自己規制してください。

10. ポルノ禁止。私とシェアできるような情報をウェブで検索してください。質問などがあれば誰かに聞きなさい。なるべく私かお父さんに聞いてね。

11. 公共の場では消すなり、サイレントモードにすること。特にレストラン、映画館や他の人間と話す時はそうしてください。あなたは失礼なことをしない子です、iPhoneがそれを変えてはいけません。

12.他の人にあなたの大事な所の写真を送ったり、貰ったりしては行けません。笑わないで。あなたの高知能でもそういうことがしたくなる時期がやってきます。とてもリスキーなことだし、あなたの青春時代・大学時代・社会人時代を壊してしまう可能性だってあるのよ。よくない考えです。インターネットはあなたより巨大で強いのよ。これほどの規模のものを消すのは難しいし、風評を消すのも尚更難しい。

13.写真やビデオを膨大に撮らないこと。すべてを収録する必要はありません。人生経験を肌身で体験してください。すべてはあなたの記憶に収録されます。

14.ときどき家に携帯を置いて出かけてください。そしてその選択に自信を持ってください。携帯は生きものじゃないし、あなたの一部でもありません。携帯なしで生活することを覚えてください。流行に流されない、FOMO(自分だけが取り残されていると思ってしまう不安感)を気にしない器の男になってください。

15.新しい音楽、クラシック音楽、あるいは全員が聞いている音楽とは違う音楽をダウンロードしてください。あなたの世代は史上もっとも音楽にアクセスできる世代なのよ。この特別な時代を活用してください。あなたの視野を広げてください。

16.ときどきワードゲームやパズルや知能ゲームで遊んでください。

17.上を向いて歩いてください。あなたの周りの世界を良く見てください。窓から外を覗いてください。鳥の鳴き声を聞いてください。知らない人と会話をもってみてください。グーグル検索なしで考えてみてください。

18.あなたは失敗する。そのときはこの携帯をあなたから奪います。その失敗について私と話し合います。また一からスタートします。あなたと私はいつも何かを学んでいる。私はあなたのチームメイトです。一緒に答えを出して行きましょう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

この条件を合意してくれることを願っているよ。
ここにリストしてあるほとんどの条件は人生をうまく生きるための条件にも当てはまるものだから。

あなたは常に激変していく世の中で成長しています。とてもエキサイティングで気を引く体験だと思う。できるだけシンプルに物事を考えて行ってください。

どんな機械やガジェットよりも自分のパワフルな考え方と大きな心を信じてください。

あなたが大好きなのよ。あなたの素晴らしいiPhoneを楽しんでね。

母より。


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2013年1月21日月曜日

2013年 新年のご挨拶


デジタル・ネイティブ



 



激しい氷雨が打ちつける年の暮れから一転し、空は穏やかに晴れ渡り陽のぬくもりを感じながら新しい年の元旦を迎えました。「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの 海のごとくに波たたぬ世を」(昭和天皇)

新年明けましておめでとうございます。

今年は当アカデミー発足25周年を迎えます。また、「世界のブロックとロボットで学ぶ科学教室」として13年目になります。ここまで継続できたのも、ひとえに生徒諸君やご父母の皆様たちが当アカデミーの理念と目標をご理解くださり、ご協力くださった賜物と感謝しております。本当にありがとうございます。

昨年来、夢中になっているテレビ番組があります―『スーパープレゼンテーション』(NHKEテレ)MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏がナビゲーターを務め、TED(Technology Entertainment Design)というグループが年1回開催している講演会『TEDカンファレンス』を紹介しています。カンファレンスはカリフォルニア州ロングビーチで4日間にわたって開催され、この間約70人の演者が登場し、2000人程の聴衆が講演を聴くとのこと。ビル・クリントンやビル・ゲイツ、アル・ゴアなどの著名人はもちろん、突出したアイデアさえあれば一般人でも参加できるそうです。

どれも魅力的なプレゼンテーションばかりですが、特にデジタル技術については面白いものがたくさんあります。ニューヨークを拠点に活躍するマジシャンのマルコ・テンペストが、スマートフォンやバーチャル技術を使った華麗なパフォーマンスであっと驚くマジックを披露する『これぞ次世代マジック!』。色覚障害があるアーティストのニール・ハービソンが、人工頭脳装置「アイボーグ」によって目の前の色をすべて音で識別でき、多彩な世界を表現できるようになったという『僕はサイボーグ』。世界各国から総勢2000人がネット動画で参加し編成された感動的なコーラス『バーチャル合唱団 2000人の声(エリック・ウィテカー)。MITの研究者デブ・ロイは子どもが言語を習得する過程を科学的に解明するために、自宅に複数のビデオカメラを設置し、生まれたばかりの息子の日常を3年間9万時間にわたり記録したデータを分析。言葉が生まれる瞬間を目の当たりにする『言葉の誕生』。

中でも衝撃的だったのは、ジャーナリストのアダム・オストロウ『死後のデジタルライフ』。現在私たちはFacebookやツイッターなどのSNSに半永久的に残る途方もなく豊かなデジタル・アーカイブ(記録・資料)を日々作成している。自分が作ったビデオやメッセージをFacebookに死後投稿してくれるサービスや、今までのツイートを分析し、次に何を言うか予測するサービスまで登場している。人物を立体映像化する技術やより人間に近いやり取りをするロボットも進化している。膨大な情報を分析する技術はさらに進むだろう。そうなれば死後も生き続けられる、というのです。

ゲームデザイナーのクレイ・シャーキー『ゲームが世界を救う』では、現在私たちは オンラインゲームに週30億時間費やしているが、私たちが飢餓や貧困や気候変動や国際紛争や肥満といった問題を解決しようと思うなら、2020年までにオンラインゲームを少なくとも週に210億時間するようになる必要があると。ゲーマー達は、生産的至福状態、縦横のネットワークを築く能力、楽観的即行、壮大な意義への希求を持ち、現実の仕事に使える人的リソースであり、現在5億人いるゲーマーは10年後には15億人になる。世界の危急な問題をテーマにしたゲームを作れば、一瞬にしてたくさんの有効な解決策が見つかるはずだというのです。

ニューヨーク大学教授クレイ・シャーキー 『思考の余剰が世界を変える』では、この人的リソースを「思考の余剰」と名付けています。人類は自由な時間が年間1兆時間あり、世界の人々がボランティアとして、大きな、時には世界規模のプロジェクトに貢献し協力する能力がある。この能力を活用し、社会的なデザインに関わる課題を解決に導くには、「デジタル技術」と社会的な規範に基づいた「人の親切心」が必要だと。

しかし一方で、デジタル機器が人間の心理に及ぼす影響を研究するMIT教授シェリー・タークル『つながっていても孤独』は、デジタル機器との安易な付き合い方に警鐘を鳴らしています。人間関係は複雑だがケータイを使えば楽に人とつながることができる。しかも、自分でコントロールできる範囲で相手を選び、どのような自分も演じられる。つながっていても他人から隠れているようなものだ。人間は会話から自分との向き合い方を学ぶ。会話を避けていたら自分を内省する力がつかない。自分との向き合い方も分らなくなる。

今の子どもたちは、生まれながらにインターネットや PCのある生活環境の中で育ってきた世代「デジタル・ネイティブ」と呼ばれています。「アラブの春」に象徴されるように、デジタル技術やインターネットが時代を確実に変えつつあります。昨年日経新聞が『ネット人類未来』という特集で「巨大データの光と影」を扱っていました。新しい技術は両刃の剣。得るものもあれば失うものもあります。
このような時代に、どのような教育がデジタル・ネイティブの子どもたちの心を真に豊かに育てることができるのでしょうか? ― 常にこの問いと向き合いながら、新たな教育を模索し新たな教育を模索し、ご賛同いただいている皆様のご期待に応えられるよう、誠心誠意前進してまいりたいと存じます。

本年もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

「これからは、テクノロジーを駆使して、自分の人生と自分の体と地域社会と政治と地球と、ちゃんと向き合うことが私たちに必要とされているのです」 ― 心理学者シェリー・タークル ―

【参考】TEDの公式サイト: http://www.ted.com/

中島晃芳