2011年11月1日火曜日

【第64回】生きた知識を求めて

~ ハンズオン・ラーニングの意義 ~

前回はハンズオン・ラーニングで使用する教材に求める在り方についてお話しいたしましたが、今回はなぜ、ハンズオン・ラーニングが必要なのかをお話ししたいと思います。

外部講座や講習会でいろいろな子供たちに接する機会が多いのですが、最近何かを尋ねたとき、子供たちの返事に気になることがあります。一つは「それ、知ってる」という返事。もう一つは、「習っていないから分からない」という返事。
前者は、どこかで見聞きしたのでしょう。科学的な事象や現象で言えば、科学館などのサイエンスショーかテレビで見たのかもしれません。しかし、それが意味することは何なのか?なぜ、そのようなことが起こるのか?という一歩立ち入ろうとする疑問や興味・関心が「知ってる」という一言で遮断されてしまっているような気がします。後者は、知識はだれかから教わるものだという大前提があって、初めて出合った事柄について自ら考える姿勢が希薄になっているように感じます。

数年前「WRO」というレゴ(R)のロボットで競うロボットコンテストの世界大会が横浜で行われたとき、レゴエデュケーション(R)のデンマーク本社から来た幹部に、「当日突然出された課題に対して、デンマークの子は対応できるのに、なぜ日本の子は対応できないのか?」と聞かれたことがあります。「高校生までは『学校の先生の言うとおりに勉強しさい』、大学に入ると『自分で勉強しなさい』、社会に出ると『自分で考えろ』というのが、日本人の教育の特徴だからかもしれない」というような返事をしたところ、「それでいいのか?」と本気で心配されたことを思い出します。

子供たちが自らの頭で考えるきっかけを、大人はどのように作ったらいいのでしょう?自発的にものを考える拠り所を、どのように提示すればいいのでしょう?

ある学習塾の小・中学生の受験生を相手に、組み合わせたギアを見せてギア比を計算させたところ、見事に正解できました。次に、「では、何対何のギア比になるように、好きなようにギアを組み合わせてごらん」と言うと、ものの数分も経たない内に皆お手上げになってしまいました。しかし、当アカデミーの生徒たちはいろいろとギアを組み換え、その度に「いーち、にー、さーん…」などと数え、その末に「できた―!」と叫びます。そして、「このギアが何回まわると、このギアが何回まわり、その動きがこのギアに伝わって…」と、力の伝わり方のプロセスを説明し始めます。
計算とは、関係を式に表し、あとは決められた計算方法に従って解くだけのブラック・ボックスにしか過ぎません。オープンエンド(正解は1つではない)の課題なので、同じギア比でもやり方が異なれば、摩擦なども関係してギアを回す手にかかる力も異なります。どちらが「生きた知識」で、どちらが「死んだ知識」なのかは歴然です。

これは、レゴ(R) 教育用ブロックという『ハンズオン教材』を日頃から使って学んでいることの成果の一つではないでしょうか?授業では、頭の中だけで考えて結論を出さないこと、必ず推論を立ててから実験すること、その結果を考えることを徹底して行っています。そのためか、実証的な精神が育っているのかもしれません。

このように、ペーパー一辺倒の学習とは異なり、手と頭をフルに使って学ぶ「ハンズオン・ラーニング」は、子供に自分から考えるきっかけを与え、何かを考えたり何かを成し遂げる際に必要な根気や粘り強さをも育てるのに有効な学びなのです。しかも、これが実社会との結びつきを常に意識しながら学習できるのならば、子供たち自身が学習の意義を十分に感じることもでき、高いモチベーションをもって学習に取り組めるのではないでしょうか?
To be continue・・・