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2021年5月8日土曜日

【第159回】未来都市とはどんな姿?

 

~ トヨタ「ウーブンシティ」プロジェクトがスタート  ~

昔から未来の夢の一つとして「未来都市」という言葉はよく使わ れていますが、最近は現実的な意味を帯びてこの言葉をよく聞きます。

SDGs未来都市』。これは、「SDGs達成のため積極的に取り組 む都市」として内閣府地方創生推進室に選定された都市のこと。 もともとは日本を低炭素化社会に転換するため、温室効果ガス の削減などに対する取り組みが評価された自治体が選出される 『環境モデル都市』(2008~)に、環境・超高齢化対応等に向け た、人間中心の新たな価値を創造する都市であるという要素が 加わり,『環境未来都市』に(2010)。そして、首都圏への人口の 一極集中を改善し、それぞれの地域で住みやすい環境を確保 することで、日本の活力維持につなげることを目的とした『地方創生』が言われ始めました(2014)。これらが複合されて『SDGs未来都市』の募集が始まったのです(2018~)。以来、SDGs未来都 市には毎年30前後の自治体が選定されています。また、SDGs未 来都市のなかでも特に先進的な取り組みをする都市は、『自治体SDGsモデル事業』として選定されます(年間10件)。

『SDGs未来都市』は、SDGsが達成される未来の創造に画期的 な取り組みをしている自治体を指しているので、「未来に出現する都市そのもの」ではありません。一方、「未来の都市そのものの姿を創造しよう」というのが、トヨタの未来の実証都市『ウーブンシティ(Woven City)』プロジェクトです。『ウーブンシティ』は、昨年1月7日、ラスベガスで開催される世界最大規模のエレクトロニクス 見本市「CES 2020」で発表されました。場所は、昨年末に閉鎖さ れたトヨタ東富士工場(静岡県裾野市)の跡地。東京ドーム約15個分に値する175エーカー(約70.8万m2)の範囲で街づくりになり ます。そして、今年2月23日に地鎮祭が行われ、造成工事が本格的に始まりました。2025年までに高齢者や子育て世代の家族 、研究者などを中心に360人程度、将来的にはトヨタ従業員を含む2千人以上が暮らす予定です。

 
ウーブン・シティのイメージ

このプロジェクトの目的は、ロボット・AI・自動運転・MaaS(バス、 電車、タクシーからライドシェア、シェアサイクルといったあらゆる 公共交通機関を、ITを用いてシームレスに結びつけ、人々が効 率よく、かつ便利に使えるようにするシステム)・パーソナルモビリ ティ・スマートホームといった先端技術を人々のリアルな生活環境の中に導入・検証出来る実験 都市を新たに作り上げること。まさに、スマートシティです。

「ウーブンシティ」は、日本語に直訳すると「編まれた街」。これは、①スピードが速い車両専 用の道として、完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティのみが走行する道 ②歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードの ような道 ③歩行者専用の公園内歩道のような道 の3種類の 道が、網の目のように織り込まれたデザインに由来しています。 地下にも物流用の自動運転車走行道を設置する計画。街の建物は主にカーボンニュートラルな木材で建設、屋根には太陽光発電パネルを設置するなど、環境との調和やサステイナビリティを前提とした街づくりが基本。住民には、室内用ロボットの他、AIで健康状態をチェックするなど、日々の暮らしの中に先端技術を取り入れます。また、街の中心や各ブロックには、住民同士のコミュニティ形成やその他様々な活動をサポートする 公園や広場も整備されるそうです。

 
自動運転EV「e-Palette(イーパレット)」

今のところ、パートナー企業としては,NTTが「スマートシティ プラットフォーム」を構築し、自動運転技術などを搭載したトヨタ の「CASE車」とNTTの5G(第5世代移動通信方式)、IoT(モノの インターネット)技術を融合。5月10日、ENEOSをコアパートナーに迎えて、水素エネルギーの利活用について検討を進める と発表。ウーブンシティ内に定置式の燃料電気(FC)発電機を設置し、ウーブンシティおよびその近隣における物流車両の燃料電池化の推進を目指すだけでなく、水素需要の実用化に向けての検証および需給管理システムの構築といった目的も兼ねているとのこと。既にトヨタとパナソニックは2019年、街づくり事業に関する新会社を設立しています。まさに日本企業が一丸となってこのプロジェクトを推進していくようです。これよって、 開発のスピードアップが期待されます。

今の子供たちが大人になった時、どのような街に住んでいるのでしょうか?どのような街を創造していくのでしょうか?

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

【第158回】水素燃料電池の可能性

 ~ 新しい時代を作るためのイノベーション ~

昨年から始まったコロナ禍は今年に入っても勢いが止まらず、変異株の蔓延が問題となっています。東京も再び日々感染者数の増加傾向になり、昨年の緊急事態宣言と同等かそれ以上のより厳しい措置が発動されつつあります。

思えば昨年世界ではロックダウンなどにより、経済活動がストップしました。その時皮肉にも「大気汚染が深刻なインドで数十年ぶりにヒマラヤが見えた」「イタリアのベネチアで緑色に濁っていた運河の水が透明になった」など、一時的に環境の改善が見られました。2019年9月23日にニューヨークで行われた国連気候行動サミットで、グレタ・トゥーンベリさんが「大絶滅を前にしているというのに、あなたたちはお金のことと、経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり」「私はあなたたちを絶対に許さない」と抜本的な改革を起こさない大人を痛烈に批判したことも、コロナ禍が始まり今や遠い過去のことのように感じられるかもしれません。しかし、コロナ後、人類が取り組む最大の問題は『気候変動』であると言われています。昨年菅首相は就任後、2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにする(2050年カーボンニュートラル)脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し、バイデン新大統領となったアメリカは地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」に復帰したことを見ても、今や気候変動問題に取り組むことが国家戦略の重要な一つになっていることが分かります。

太陽光・風力・地熱・バイオマスなど様々なクリーンエネルギーが研究されています。ミドリムシ由来の油脂と使用済み食用油などでバイオディーゼル燃料を製造し、この4月からいすゞ自動車がシャトルバスで使用を開始するという事例もあります。中でも注目は水素燃料電池です。これは、「水素」と空気中の「酸素」を反応させて電気を起こす画期的な発電システムで、排出されるのは水だけです。原理は、簡単に言えば「水の電気分解」を逆にしたもの。水素の持つエネルギーの83%を理論的には電気エネルギーに変えることができる(ガソリンエンジンの最高効率が40%程度)、高いエネルギー効率をもつクリーンエネルギーです。最新の燃料電池車であるトヨタMIRAIは満タン状態で850kmを走ることができ、「水素ステーション」でタンクを満タンにするまで5分~10分程度で済むそうです。

 
水素化プラント外観

しかし、水素ステーションはまだ全国で130カ所強しかありません。大量の水素を入手する必要があります。水素は宇宙に存在する元素の約70%を占めるほど豊富にある物質ですが、単体では自然界にほとんど存在せず、地球上では水や化石燃料、有機化合物などの形で存在するので、そこから水素を取り出す必要があります。そこで、川崎重工がオーストラリアの「褐炭」という石炭の一種に目を付けました。現在国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「褐炭水素プロジェクト」も推進されています。褐炭は、石炭と同程度の埋蔵量があるとされ世界に広く分布していますが、水分量が50~60%と多いうえ、乾燥すると自然発火するという少々扱いづらい資源なので、輸送が難しく、採掘地付近で発電に使う程度しか用途がありません。ただ、非常に安価に入手できるため、もっとも経済的な水素製造方法の1つと言えます。日本の発電電力量の約4分の1は石炭火力であり、2019年COP25の会期中2度も温暖化対策に消極的な国に与える不名誉な賞「化石賞」を小泉環境大臣に与えるなど、国際社会から批判されてきましたが、石炭から水素というクリーンエネルギーを取り出すとは!と大変驚きました。中でも日本の総発電量の240年分の褐炭が眠るとされるビクトリア州で、水素の採掘から製造、液化、輸送、そして、国がロードマップのフェーズ3で掲げるCCS(CO2の回収・貯留)までをトータルで行う『CO2フリー水素チェーン』を、現地政府と一緒に推進しているとのことです。2019年世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」の命名・進水式を行いました。水素を液化して800分の1の体積にして零下253度で日本へ運ぶそうです。


 
液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」進水式

やはり新しい社会を創り出すには「イノベーション(革新)」が必要です。革新的なものを生み出す能力のある人間に育つよう、多様なものの見方や考え方、創造力、問題解決力を育てるTruthの教育が資することができれば幸いです。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2021年3月8日月曜日

【第157回】教育用レゴブロックの歴史

 

~  MITから生まれた教育を次につなげよう!  ~

トゥルース・アカデミーは、2000年に日本における第1期のレゴとロボットの教室を開講し、メカニズムとプログラミングを中心するSTEM(科学・技術・工学・数学)教育を行っております。この20年間、使用している教育用レゴブロックは度々変遷してきました。

●ブロックビルダー(BB)Ⅰ・Ⅱ・Ⅲで使用している「アーリーストラクチャー」は、2015年に販売終了。


 
アーリーストラクチャー

●キッズクリエータ―(KC)Ⅰで使用している「アーリーシンプルマシン」は、他の教材が変遷する中、開講当初から変わらず販売されてきましたが、昨年12月末に廃盤。デュプロサイズでメカニズムを直感的に学べるとても優れた教材がなくなることはとても残念です。


 
アーリーシンプルマシン

●KCⅡでは、開講当初は「ミニセット」というテコ・車輪と車軸・歯車・滑車の4部門がそれぞれのセットになっていたものを使用していましたが、一時廃盤になり、その後現在使っている「シンプルマシンセット」にリニューアルし、ミニセット4セットが1つにまとめられました。シンプルマシンセットも昨年12月末に廃盤となりました。


 
シンプルマシンセット

●KCⅡで使用している2012年に発売されたロボティクス導入教材「WeDo1.0」は、16年WeDo2.0としてリニューアル。BluetoothでiPadからロボットにプログラムが送れるようになりました。

●ジュニアエンジニア(JE)Ⅰ・Ⅱでは、当初「シンプル&パワード」というポッチ付きビームを中心としたセットでしたが、2009年に今の「サイエンス&テクノロジー」にリニューアル。ポッチのないビーム中心になりました。そして、これも昨年12月末で廃盤。


 
サイエンス&テクノロジー

●ジュニアインベンター(JI)で使用している、「空気力学セット」と「エネルギーセット」は、10年に発売され、19年に廃盤。

●ロボットサイエンスでは、98年に発売されたMindstormsが、RCX→NXT→EV3と3代続き、今年6月でその歴史に幕を閉じます。

現在Truthで使用している教材がすべて廃盤となります。引き続き発売されるWeDo2.0に加え、「BricQ モーションベーシック」(6歳以上)と「BricQ モーションプライム」(10歳以上)が今年1月に新発売となりました。

 
BricQ

どちらもベーシックサイズの小さなブロックで、テクニック系のパーツが多いセットです。ブロックサイエンスで使用している教材の後継教材に当たります。どちらも家庭用学習教材が別売されます。

ロボット教材は、昨年発売開始した「SPIKEプライム」が主流になります。これまでのMindstormsは計測系のプログラミング言語LabVIEWをベースにし、データロギングもできましたが、SPIKEプライムはScratchでプログラミングするため、利用範囲は狭まるようです。また、Mindstormsに対応したサードパーティーのセンサー類が豊富にありましたが、まだSPIKEプライムに対応したものは見当たりません。そのため、これまでTruth生が参加できるロボットコンテストも比較的易しいものに限定される恐れがあります。


 
SPIKEプライム

レゴ社が提供する新教材のカリキュラムは、WeDo2.0同様、どれもプロジェクト中心になっていて、これまでのようにメカニズムの研究を通して物理の世界を体験する、とはいかないようです。SPIKEプライムのプログラミングも予めプログラムが用意され、課題に沿ってプログラムの一部を変更して学習するようになっているので、体系的にプログラミングを学ぶ構成にはなっていないようです。レゴエデュケーションの教育は、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボが開発したカリキュラムと、レゴ社と共同開発した教材から始まりました。新教材が発売されるたびに、MITカリキュラムから遠退き、学問的な要素が失われていく気がします。

Truthでは当面1~2年は現在の教材を使用し、この間に新教材を使ったカリキュラム開発を行って、この教育の原点であるMITカリキュラムを活かしたTruthオリジナルカリキュラムをご提供する予定です。SPIKEプライムも、対応したサードパーティーのセンサー類が充実した段階でこれに切り替えたいと思っております。さらなるTruthの挑戦にご期待ください。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2021年2月8日月曜日

【第156回】スマホが脳をハッキングする

 ~  集中力こそ現代社会の貴重品 ~

 

― Facebookの「いいね!」の開発者は、「SNSの依存性の高さはヘロインに匹敵する」と発言し、自らFacebookへのアクセス時間を制限した。スティーブ・ジョブズはiPadをわが子に与えるかを問われて「そばに置くことすらしない」と答えた。ビル・ゲイツは子供が14歳になるまでスマホは持たせなかった。―

コロナ禍にあり、テレワークやオンライン授業が盛んに推奨されている中、こんな衝撃的な事実を紹介したのは、昨年11月に刊行され今世界的ベストセラーになっている『スマホ脳』。著者は、『一流の頭脳』で一躍世界的評価を受けたスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセンです。中でも衝撃を受けたのは教育大国として知られるスウェーデンの教育界。学校からの著者への講演依頼が急増、彼の提案する改善メソッドを現場に取り入れる学校が日に日に増えているそうです。

彼は、「大人は1日に4時間を、10代の若者なら4~5時間をスマホに費やす。この10年に起きた行動様式の変化は人類史上最速。現代社会は人類の歴史のほんの一瞬に過ぎず、地上に現れてから99.9%の時間を人間は狩猟と採集で暮らしてきた。人間の『脳』は今でも狩猟採集時代の生活様式に最適化されている。現代社会と人類の歴史のミスマッチが重要な鍵である」と言う。なぜチャットの通知が届くとスマホを見たい衝動にかられるのか?なぜ人はリンクを思わずクリックをしてしまうのか?SNSはお金儲けのためにいかに巧妙に私たちの脳をハッキングしているか?なぜネット社会ではフェイクニュースの方が正しいニュースより多く、拡散速度も速いのか?なぜスマホがポケットに入っているだけで集中力が阻害されるのか?なぜスマホを過剰に使うと、ストレスがたまったり睡眠不足になったり、健康に壊滅的な影響を与えるのか?そして、なぜ周囲の人に関心を持てなくなるのか?…様々な調査結果を基に脳科学の観点からそのメカニズムを解き明かしています。

「基本的にすべての知的能力が、運動によって機能を向上させる。集中できるようになるし、記憶力が高まり、ストレスにも強くなる。長期記憶を作るには集中が必要であり、固定化するプロセスは睡眠中に行われる」という科学的根拠を基に、「睡眠、運動、そして他者との関りが精神的な不調から身を守る3つの重要な要素」「本当の意味で何か深く学ぶためには、集中と熟考の両方が求められる」と述べ、『第7章バカになっていく子供たち』では、衝動に歯止めをかける前頭葉は成熟するのが最も遅く、子供や若者のうちは未発達なためデジタルなテクノロジーをさらに魅力的なものにし、興奮を感じさせるドーパミンの量が多い10代は依存症のリスクが高くなると警告しています。そして、「子供たちが能力を発揮するためには、毎日最低1時間は身体を動かし、9~11時間眠り、スマホの使用は1日 最長2時間まで」と提言します。

また、持論を裏付ける様々な研究成果を紹介しています。2歳児は本物のパズルをすることで指の運動能力を鍛え、形や材質の感覚を身につける。そういった効果はiPadでは失われてしまう。就学前の子供を対象にした研究では、手で、つまり紙とペンで書くという運動能力が、文字を読む能力とも深く関わっているのが示されている。小学校高学年の半数に紙の書籍で短編小説を読ませ、残りの半分にはタブレット端末で読ませた。その結果、紙の書籍で読んだグループの方が内容をよく覚えていた。米国小児科学会は「衝動をコントロールする能力を発達させ、何かに注目を定めて社会的に機能するためには、遊びが必要だ」と指摘している。小児科医の専門誌も、普通に遊ぶ代わりにタブレット端末やスマホを長時間使っている子供は、のちのち算数や理論科目を学ぶために必要な運動技能を習得できないと警告している。…等々

これからますますデジタル機器が生活における存在が増していく中、自分の身は自分で守れるよう、子供たちの健全な体と頭脳を育てられるよう、流れに身を任せるのではなく、一歩立ち止まってデジタル機器との付き合いを考える必要性を痛感しました。ぜひご一読を。

【参考文献】『スマホ脳』アンデシュ・ハンセン著/久山葉子訳(新潮社)

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2021年1月8日金曜日

【第155回】2021年 新年のご挨拶~パンデミックという歴史の真只中に生きる

 ~ パンデミックという歴史の真只中に生きる ~

2020年希望を与えたはやぶさ2[/caption]

2020年はコロナに始まり、コロナに終わりました。東京都は大晦日に2,447人の感染者を記録し、年が明け、1/7に2度目の緊急事態宣言が発出され、2021年はさらに深刻なコロナ禍で幕を開けました。

1/16時点で世界の感染者数は93,844,190人 死者2,008,548人に達しています。14世紀のペストや第一次世界大戦時のスペイン風邪のような、歴史に刻まれるパンデミック(世界的大流行)が頭をよぎります。ペストをきっかけに農奴に依存した荘園制の崩壊が加速、当時の教会の権威が失墜し、中世という時代が終焉を迎えます。そして、ルネサンスを迎えて文化的復興を遂げ、強力な主権国家を形成する近代が生まれたのです。パンデミックは時として大きく歴史そのものを変えることがあります。この新型コロナウイルス感染症のパンデミックが今後どのような軌跡をとるのかは分かりませんが、パンデミックがさらに遷延すれば、私たちは、私たちが知る世界とは全く異なる世界の出現を目撃することになるかもしれません。私たちは今まさにその歴史の真只中に生きているのです。

 
世界の感染者状況

敗戦の1945年を起点とした場合、75年経った時点が2020年、逆に75年遡ると1870年。五箇条の御誓文が発表されて、元号が明治に変わった明治維新が、その2年前の68年。戦後国家と戦前の明治国家がほぼ同じくらいの時間になります。1/4日経新聞に掲載された、同紙論説フェローの芹川洋一氏「2021年から始まる日本」では、コロナによってコペルニクス的転回とも言えるくらい世の中が変わり、我々自身も行動様式の変容を迫られた2020年は歴史的転換期と捉え、近現代史における周期説を紹介しています。

まず代表的な「15年周期説」。■1915~30年=大正デモクラシー■31~45年=軍国主義■46~60年=戦後民主主義■61~75年=高度成長■76年~90年=低成長。氏はこれを以降に当てはめます。■91年~2005年=バブル崩壊後の「失われた」期間。国際的にはグローバル化の進展■06~20年=逆に振れた時代。経済は再生を目指し、政治は制度改革を行い、反グローバリズム化が加速。そしてコロナですべてが停止状態に陥る。

次に「25年単位説」。●1870~95年=開化と国家建設●95~1920年=帝国主義列強化と階級闘争●20~45年=経済恐慌と戦争●45~70年=復興と成長●70~95年=豊かさと安定●95~2020年=衰退と不安、と位置付けています。親と子の平均的な時間距離である25年が世代の間隔というのが、この見方の根拠になっているとのこと。また、資本主義経済では25年の上昇局面と25年の下降局面を持つ50年周期がこれにかぶさって長期波動と世代間隔の共振作用が起き、2020年がその節目だとすると、日本は今後25年間次なる段階に入ることになる。

芹川氏は、75は15と25の最小公倍数であり、歴史の切れ目には因縁めいたものを感じると述べています。「25年単位説」を唱える東大大学院情報学環の吉見俊哉教授は、「このままでは先がないと思ったときに初めて構造転換が起こり社会が変わる。コロナは黒船だと思ったらよい」と。

コロナによって社会の格差が浮き彫りとなり、民主主義の後退、資本主義の行き詰まりが懸念されている現在、私たちはどこに向かって進んでいくのでしょうか?そして、どのような新しい時代が開けてくるのでしょうか?今、私たちの身の回りで起きていることをつぶさに見続けなければならないと強く感じます。そして、Truthが今できることは、これからどのような時代になろうとも、子供たちが新しい時代の担い手としてより良い社会を築く素養を育てることだと痛感します。自分の目でしっかり見て、自分の頭で考えて、人と協力しながら問題解決し、新しいものを創造していく力を養うことです。芹川氏は言います。「明治の人たちもたぶんそうだったように、ここは令和のわれわれも子や孫のためにも歯を食いしばって踏んばっていく―。そんなしんどい時代だろう」と。しかし、子供を育てることは楽しいことです。子供たちの好奇心で輝く目をいつまでも見ていられるよう、常により良い教育の提供に精進したいと思います。

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2020年12月8日火曜日

【第154回】コロナに負けるな!輝け!子供たち!

 ~ コロナ禍で表面化した社会の脆弱さや矛盾 ~

去る11/15、ショッキングなニュースが流れました。「子どもの自殺大幅に増加」。NHKは、「厚生労働省が発表した統計によると、小中学生と高校生の自殺者は今年4月から先月までで246人と、去年の同じ時期より58人、一昨年の同じ時期よりも42人多くなり、深刻になっている」と伝えています。

日本では長年にわたり、自殺者の多さが問題となっています。世界保健機関(WHO)によれば、日本の自殺率は世界で最も高い水準にあり、日本で自殺により死亡した人の数は人口10万人当たり18.5人と、世界平均の10.6人と比べるとほぼ倍の数になっています(2016年)。日本の自殺率が高い理由は複雑ですが、長時間労働、勉強や進学に関する圧力、社会的孤立、精神衛生上の問題を抱えることを恥とする文化などが、これまで要因として挙げられてきました。

このコロナ禍で、日本の10月の自殺者は2153人(警察庁)と前月から急増し、前年同月比で39.9%(614人)の増加。一方、新型コロナ死者の合計は、11/27時点で20187名(厚生労働省)。自殺者は年初以来のコロナの死者を上回ってしまいました。厚労省によると、2019年までの10年間で自殺者の数は減少傾向にあり、同年の自殺者数は約2万人で、1978年に統計を取り始めてから最も少なかったのですが、コロナ禍はこの流れを逆転させたようです。

自殺の増加は女性においてより顕著です。自殺者全体に占める割合では男性を下回るものの、今年10月、日本における女性の自殺は前年同月比で約83%増加。これに対し、男性の自殺は同22%の増加でした。非営利の国際的な支援組織CAREが世界の1万人以上を対象に実施した調査では、収入の不安に加え、家事や育児の負担が急激に重くなったこと、子供の健康に関する不安もまた、ストレスとして母親たちにのしかかっているようです。

日本は主要7カ国(G7)中唯一、自殺が若者(15~39歳)の死因で最も多い国であり、厚労省によれば、20歳未満の自殺はコロナ禍が起きる前から増加傾向にあったとのこと。国立成育医療研究センターが子どもと保護者8700人以上を対象にネットで実施した最近の調査では、日本の学童の75%からコロナ禍に起因するストレスの兆候が見られたとの結果が出ました。子供たちは感染対策の一環で学校に通えず、社会活動にも参加できない時期がありました。また、家から出られず、友達とも自由に遊べず、ストレスのたまる生活を強いられる他、大量に出される宿題を片付けなくてはならないプレッシャーを感じる子供もいるそうです。精神科医の衞藤暢明氏は「コロナの影響とみられる自殺未遂や自傷行為をする人の診察が急増している。特に思春期に入って親や先生に相談しづらい年齢に入る子どもたちの状況は深刻で、早急に支援や相談の体制を構築する必要がある」と警告しています。

今回のコロナ化で、日本のみならず世界全体で社会の抱える問題が露呈したように思います。できるだけ子供たちにはコロナ以前の生活を取り戻してあげたいと思っても、感染者が急増している第3波の中、なかなか難しいかもしれません。しかし、「NESTロボコン」や「ロボカップジュニア2021東京・神奈川ノード大会」、「宇宙エレベーターロボット競技会オンラインカンファレンス」のように、例年と同じ形にはなりませんが、子供たちの活動の場を必死に確保しようと頑張っている大人たちもたくさんいます。一刻も早く子供たちがこれまで過ごしてきた当たり前の日常生活に戻り、幸せを感じ、輝く笑顔で過ごせるよう、私たちも自分ができることに日々精進しなければと痛く感じます。

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳

2020年11月8日日曜日

【第153回】第1回「きぼう」ロボットプログラミング競技会

 ~ Truth高校生チームが世界一に輝く! ~

 

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)の協力を得て、2020年10月8日(木)、『第1回「きぼう」ロボットプログラミング競技会(Kibo-RPC)』決勝大会を国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」船内で開催しました。日本代表として、Truth高校生2名を含むチーム「Hypernova(ハイパーノバ)」の3名がJAXA筑波宇宙センターからオンラインで参加、他国のチームはそれぞれの国から参加しました。アラブ首長国連邦(UAE)ではパブリックビューイングの前に多くの人が集まり、熱狂している様子が後日報じられています。

今回の予選には、オーストラリア、インドネシア、日本、シンガポール、台湾、タイ、UAEからの313チーム、1168名(オブザーバのバングラデシュも加え61チーム、1340名)が参加。決勝戦では、各国・各地域の予選を勝ち抜いた日本を含む7つの国と地域の代表チームの学生がオンラインで参加し、シミュレーション環境でのプログラミングスキルの高さによる順位を競うとともに、実際に作成したプログラムを使って、「きぼう」船内のロボットの飛行結果による順位を競いました。決勝戦は、MCが山崎直子宇宙飛行士、解説員は東京大学中須賀真一教授、油井亀美也宇宙飛行士、そして、ISS「きぼう」船内では、軌道上ではNASAのChris Cassidy宇宙飛行士がロボットの準備・競技運営を行いました。そうそうたるメンバーです。

第1回Kibo-RPCのミッションは、「ロボットでISSを救おう!!!緊急警報が発動!!隕石が国際宇宙ステーションに墜落し、空気が漏れています。ロボットを操作して空気漏れを止める独自のプログラムを作成します」という想定。「きぼう」船内の飛行カメラロボット「Int-Ball」のサポートを受け、自由飛行ロボット「Astrobee」を操作し、レーザーを向けることによって漏れを止めるプログラムを作成して、ミッション達成までの時間とレーザー照射の正確さを競います。船内の離れた場所にある壁と床に張られたQRコードを読み取り、目標物の位置情報を取得して移動し続け、最後に目標物である的(アーチェリーの的のようなもの)にレーザーを照射する内容です。

Hypernovaは床のQRコードを読み取るのに時間がかかりましたが、順調にスムーズな軌道を描いて、最短時間で目標物まで到達。UAEチームは的の中心から近いところにも照射しましたが、一部外れたものもありました。それに比べ、Hypernovaは、照射した位置にほとんどブレがない正確性を発揮していました。Hypernovaはその結果、最高の賞となる「プログラミングスキル賞(Programming Skills Award)」に輝きました。解説者からは、「(ほとんどの参加者が大学生である中で)高校生が優勝したのは快挙であり、未来に希望がある」というコメントがありました。本人たちも当然、大喜び。とても難しいチャレンジでしたが、チームの皆が協力した成果です、と述べていました。

11/16(月)に宇宙飛行士の野口聡一さんが、米国の新型民間宇宙船「クルードラゴン」で国際宇宙ステーション(ISS)に出発します。「きぼう」でiPS細胞を使った実験やフィリピン、パラグアイの留学生と日本の学生が開発した超小型衛星の放出などを行うそうです。野口さんは、「昨日までできなかったことを今日挑戦するという繰り返しで人間は大きくなっていく。失敗した時のリスクは当然あると思うが、挑戦することで得られる成長の方が、恐れより上回っている。これが挑戦し続ける鍵になっている」「みんなに明るい未来を感じてほしいという大きな目標に向かって、一致団結して全集中で臨みたい。夢と希望を分かち合えるミッションにしたい」と述べています。

今回のHypernovaの挑戦も実に立派なことだと思います。そして、歴代のTruthの先輩たちもジャパンオープンや世界大会を目指して、大いなる挑戦をしてきました。今通っている生徒の皆さんも、このチャレンジ精神を忘れずに、大きく成長し羽ばたいてくれることを願っています。

2020年10月8日木曜日

【第152回】 日本の教育のICT化「GIGAスクール構想」

 ~ 個別最適化された学び ~

 

今回の新型コロナウィルス感染症により、行政を含め日本のICT化が遅れていることが露呈してしまいました。特に、休業を要請された学校については、文科省の調査によると、一斉休校中オンライン授業を行っていた公立学校は、同時双方向型でわずか5%、授業動画を作ったのが10%だったとのこと。教育における格差も問題となっています。

政府は、「1人1台端末は令和の学びのスタンダード」と銘打ち『GIGAスクール構想』を打ち出しています。この「GIGA」とは、“Global and Innovation Gateway for All”の略、つまり1人1台端末によるオンライン授業は、すべての子どもにとって世界とイノベーションへの入り口となるという発想です。その目的を文部科学省は、「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たち一人一人に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する。これまでの我が国の教育実践と最先端のICTのベストミックスを図り、教師・児童生徒の力を最大限に引き出す」としています。教育の情報化に取り組んできた東北学院大学の稲垣忠教授は、「GIGAスクール構想を語るときに、最近は『誰一人取り残さない、個別最適化された学び』という表現が増えてきました。『誰一人取り残さない』には、不登校の子どもたちや、障害のある子どもたち、外国籍の子どもたちなども含まれるはずです。そう考えると、個別最適化は単に教室で子どもが1人1台の端末を使って何をするかということだけが、重要なのではなく、多様性を意識したうえで子どもたち一人一人のニーズに応えていこうとするものであり、もっと広い意味で捉えることが求められます」(総合教育技術2020年6月号)と述べています。

トゥルースも学習塾の時代には、コンピューターの問題データベースからテストや演習問題を作成し、間違えた問題のバーコードを読み取って類題を自動的にピックアップし出題するといった、個別に対応する学習システムを導入していました。しかし、ここで言う「個別最適化の学び」とは、どのようなイメージなのでしょうか?

奈良教育大学大学院教育学研究科の小柳和喜雄教授は、『学習ログ(註:学習履歴)を活用した個別最適化学習の取組の評価に関する試行研究』の中で、「ここで取り上げている個別最適化学習とは、『個人の認知と性向の特性を踏まえた支援を行うために、総合的なエビデンスとして、教育ビッグデータを収集し、分析し、子供の学びの状況を観察し、個々人に応じた学びの実現を支援する方法を用いた学習』を意味している」と述べています。

上智大学総合人間科学部の奈須正裕教授は、警鐘を鳴らします。「ICTで『個別最適化』を進めることには、危うさもはらみます。個別最適化に注目した時に、特にこれから活用されるのは「AIドリル」のようなAIを使った学びでしょう。一人ひとりの解答をAIが分析し、次に取り組むべき問題を自動で出題してくれます。情報を選択するプログラムがどうなっているかは、使う子どもや親、教師には見えない。これって不安じゃないですか。課題は「情報の推奨」です。個別最適化の『最適化』を誰が認定するのか。できるだけ情報をフラットに提供し、何がどう『最適』かは教師や子どもが選択する仕組みにするべきではないでしょうか。ICTだけでなく、いろんな道具を子ども自身が使いこなして、自分に必要な学びを効果的にできるようにする。ICTも『個別最適化』も、主役はあくまでも子どもであることを我々は忘れてはいけません」と。(10/6朝日新聞)

教育のICT化は今や必須であり、ビッグデータやAIの活用も積極的に行わなければなりません。しかし、これらはあくまで子供の学習や成長のための一つのツールです。教育本来の目的を見失わず、このツールを最大限に活かす知恵をこれから築かなければならないことを、改めて認識する今日この頃です。

2020年4月8日水曜日

【第148回】国際的学力到達度調査「PISA2018」-その2

 ~  日本の子供たちの読解力の現状  ~

前回、日本の子供たちの「デジタル読解力不足仮説」についてご紹介しましたが、果たして、本来の意味での「読解力」は低下していないのでしょうか?「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(視線132回)を行った、『AI vs教科書が読めない子どもたち』の著者・新井紀子氏(国立情報学研究所教授)が、『AIに負けない子を育てる』を昨年9月に出版し、前作同様、日本の子供たちの読解力低下に警鐘を鳴らしています。「読解力低下仮説」も決して看過できる問題ではありません。

新井氏は、一般社団法人「教育のための科学研究所」を立ち上げ、「リーディングスキルテスト(RST)」(https://www.s4e.jp/)を全国展開しています。このテストは、基礎的・汎用的読解力として、知識を問う問題ではなく、「事実について書かれた短文を正確読むスキル」を6分野に分類して設計されています。

① 係り受け解析:文の基本構造(主語・述語・目的語など)を把握する力

② 照応解決:指示代名詞が指すものや、省略された主語や目的語を把握する力

③ 同義文判定:2文の意味が同一であるかどうかを正しく判定する力

④ 推論:小学6年生までに学校で習う基礎知識と日常生活から得られる常識を動員して文の意味を理解する力

⑤ イメージ同定:文章や図やグラフと比べて、内容が一致しているかどうかを認識する能力

⑥ 具体例同定:言葉の定義を読んでそれと合致する具体例を認識する力

その結果が、「照応」の正答率が中学生6割・高校生7割、「係り受け」は中学生7割弱・高校生8割弱で意味を理解できないAI並み。「同義文判定」中学生6割弱・高校生7割、「イメージ同定」1~2割・高校生3割前後というものでした。鉛筆を転がして選択肢を選ぶ程度のランダムさしか示していない結果もあったのです(視線133回)。

十分なサンプル調査から科学的にわかったこととして、次の5つを上げています。

 1. 高校のRST能力値の平均と高校の偏差値には極めて高い相関がある。

 2. 中学生は学年が上がるに従ってRSTの能力値が全体として上がる傾向がある。

 3. 高校生では、全体としても個人としても、RSTの能力値が自然に上がるとは言えない。

 4. 中学生では個人のRSTの能力値と学力テストの成績には中程度の相関がある。

 5. 中学生の学校外の学習時間(自己申告)とRSTの能力値に相関はない。

 要するに、基礎的・汎用的読解力は、中学3年までは学力が上がるに従って能力値も上がる傾向にあるが、高校生になると上がらない、ということになります。では、新井氏は日本の子供たちの読解力がなぜここまで落ちてしまったと考えているのでしょうか? 氏は、その原因がアクティブラーニングと関係しているのではないかと考えているようです。次回、氏が指摘した問題点をご紹介いたします。

【参考資料】「AIに負けない子どもを育てる」(新井紀子著・東京経済新報社)


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

トゥルースアカデミー
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2020年3月8日日曜日

【第147回】国際的学力到達度調査「PISA2018」-その1

 ~ 日本の子供たちのデジタル読解力不足 ~

皆様も驚かれたと思いますが、昨年12/4朝日新聞朝刊第1面に「『読解力』続落 日本15位」というショッキングなタイトルが躍りました。OECDが行う15歳を対象とした国際的な学習到達度調査「PISA2018」の結果です。

今回の調査は79の国・地域で約60万人が参加。日本からは183校・約6100人が参加しました。2015年以降、コンピューターを使ったテストとなっています。日本は「数学的リテラシー」は順位を1つ落とし6位、「科学的リテラシー」は2つ順位を落とし5位と、以前トップレベルを維持。しかし、「読解力」は8位から15位に落ちてしまいました。今回は3教科とも、「北京・上海・江蘇州・浙江省」(中国)が1位、シンガポールが2位、マカオ(中国)が3位。

「読解力」では、既存の問題72問にコンピューター用の新規問題173問を加えた計245問が出題されました。最初に出題される問題の結果によって、その後の問題の難易度が変わる「適応型テスト」を初めて導入しました。日本については、コンピューターを使ってネット上の多様な文章を読み解く力、テキストの中から情報を探り出したり、質と信ぴょう性を評価したりする能力の弱さや、根拠を示しながら自分の考えを他者に伝わるように記述する力の低さが指摘されました。自由記述形式の正答率は前回より12ポイント下がっています。また、前回、前々回と比べ、習熟度の低い生徒の割合が増えました。

記述式問題については、昨年末「大学入学共通テスト」で紛糾したことは記憶に新しいかと思います。これまでPISAで日本の子供たちの記述式問題の弱さが指摘されてきたこともあり、「記述式問題の導入により、解答を選択肢の中から選ぶだけではなく、自らの力で考えをまとめたり、相手が理解できるよう根拠に基づいて論述したりする思考力・判断力・表現力を評価することができます。また、共通テストに記述式問題を導入することにより、高等学校に対し、『主体的・対話的で深い学び』に向けた授業改善を促していく大きなメッセージとなります。大学においても、思考力・判断力・表現力を前提とした質の高い教育が期待されます」(文科省)という御旗を掲げました。しかし、「採点ミスの完全な解消」「自己採点と実際の採点の不一致の改善」「質の高い採点体制の明示」について現時点では困難という判断から、無期限の見送りとなりました。

耳塚寛明・青山学院大学コミュニティ人間科学部特任教授は、PISA読解力低下の謎に迫る仮説として、「読解力低下仮説」と「デジタル読解力不足仮説」を挙げています(1/27日経新聞)。前者は従来の議論の延長線上にあるとし、後者は新たな発見として知見を読み解くことつながると言います。まず、日本は学校の授業におけるデジタル機器の利用時間が短く、OECD加盟国で最低であること。小中高校のパソコンは児童生徒5.4人に1台(練馬区は16.5人/台と東京23区で最低、新宿区6.1人/台)、教室の無線LAN整備率は4割しかありません。また、「関連資料を見つけるために授業後にインターネットを閲覧する」生徒は、OECD平均23%に対して日本は6%にすぎません。コンピューターを学習や思考の道具として使う日常生活が圧倒的に不足していることを指摘しています。加えて今回の結果は「格差」の問題も提起しました。デジタル読解力は家庭の社会経済文化的背景(ESCS)が強く影響しているとのこと。家庭の経済状況4段階の最も厳しい層では、読解力の最下位水準の子が4人に1人いました。耳塚教授は「調査結果は日本の学校教育がデジタル社会への対応に失敗したことを教えている」と文章を結びます。

しかし、『AI vs教科書が読めない子どもたち』の著者・新井紀子氏(国立情報学研究所教授)が、『AIに負けない子を育てる』を昨年9月に出版し、前作同様、日本の子供たちの読解力低下に警鐘を鳴らしています。「読解力低下仮説」も決して看過できる問題ではありません。

 


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2020年1月8日水曜日

【第146回】 新年のご挨拶 ~ 持続可能な社会を創るのに求められる能力とは? ~

 

明けましておめでとうございます。

オリンピックイヤーの2020年は、カルロス・ゴーンの国外脱出、イラン司令官殺害など、まるで映画のようなビッグニュースから始まりました。

昨年9月23日、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(16才)が国連気候行動サミットで地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちを「How dare you !」と叱責したことを機に、賛同者はどんどん増え、世界各地で若者を中心に気候変動・温暖化に具体的な政策・行動を求める国際的な抗議行動「グローバル気候マーチ」が広がっています。日本でもデモ行進を目にすることがあります。

彼女に対して批判的な意見もありますが、英国の環境担当大臣マイケル・ゴーブは、「私があなたの話を聴いたとき、大きく感嘆しましたが、責任と罪悪感も感じました。私はあなたの両親の世代であり、気候変動と私たちが生み出した広範な環境危機に対処するのに十分な努力をしていないことを認識しました」と賛同します。また、昨年12/31ドイツ・メルケル首相は国民への演説で、「われわれの地球が温暖化しているのはリアルな現実だ。温暖化による危機は人類が引き起こしたものだ。人類が原因となって、人類を危機に直面させているからこそ、人類があらゆる力を発揮してこの問題に対処しなければならない。その対処はまだ可能だ。今、政治家が何も行動しなかった場合に生じる気候変動の結果を受けるのは、われわれの子どもたちであり、孫たちの世代だ。私は、子どもたちや孫たちがそうならないように、ドイツが気候変動を制御するために、環境的にも、経済的にも、社会的にも貢献できるよう、私の全エネルギーをかけていく」と強い決意を表明しています。著書『不都合な真実』で地球温暖化の危機を訴えたアル・ゴア(元米副大統領)も「文明を終わらせるような壊滅的な損失を避ける能力はまだある。救えるものを救う決心をすべきだ。これは人間性を試すためのテストだ」と。

一方、昨年大型の台風に襲われた日本は、第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)で地球温暖化の被害を最も受けた国の一つに挙げられ、期間中に地球温暖化対策を妨げているとして「化石賞」が国際環境NGOから授与されました。

最近、「SDGs(エスディージーズ):Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」という言葉をよく耳にすると思います。これは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標です。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。日本でも企業が積極的に経営に取り入れたり、教育現場でも題材として取り上げられたりしています。

しかし、2018年7月に発表されたSDGs達成ランキングにおいて、日本が達成されていると評価されたのは、「目標4:質の高い教育をみんなに」の一つのみ。そのほかの目標は未達成となっており、特に「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」「目標12: つくる責任つかう責任」「目標13: 気候変動に具体的な対策を」「目標14: 海の豊かさを守ろう」「目標17: パートナーシップで目標を達成しよう」の5つに関しては、4段階の評価で最も低い達成度という評価です。12/17世界の政治や経済界のリーダーが集まる「ダボス会議」を主催する「世界経済フォーラム」が、社会進出めぐる男女格差について、日本は過去最低の153か国中121位と評価したことは、まだ耳新しいニュースではないでしょうか?

これらの問題に取り組むには、現在の自分だけが良ければいいのではなくて、まず自分を取り巻いている世界やそこに暮らす人々に目を向け、理解することの必要性が、その根本にあるような気がします。そこには当然「多様性(ダイバーシティ)」への理解も必要となります。

1/1朝日新聞「多様性って何だ?」という、プレイディみかこ氏(保育ライター)と福岡伸一氏(生物学者)の対談の中で、プレイディ氏は「エンパシー(empathy)」という言葉を紹介しています。これは「他人の感情や経験を理解する能力」という意味。似た言葉に「シンパシー(sympathy)」があり、「どちらも『共感』と訳されます。ただシンパシーは『かわいそう』や『共鳴する』という感情の動きで、対象となるのは特定の人です。一方、エンパシーは、他者の立場を想像して理解しようとする自発的で知的な作業です」と。また、「真の多様性とは、違う者の共存を受け入れるという、言わば利他的な概念です。本質的には自己の利益や結果を求めるものではない。多様性は、利己性より利他性になじみがあると思います」と述べています。

福岡氏も生物界にも利他性があることを指摘し、「自ら学ぼうとしないと自分の利他性に気づけないのです。何も知らないままでは他者の立場を考えられない。偏見や強者の支配にとらわれてしまいます。(中略)山に登ると遠くまで見渡せるように、勉強すれば視野は広くなる。すると、お互いの自由も尊重し合う力を持てるようになります」と述べます。

トゥルース・アカデミーも、日頃の授業やロボット・コンテストの活動を通して、より広い視野が持てるよう、指導しなければならないことを、改めて痛感いたしました。

本年もよろしくお願いいたします。


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

トゥルースアカデミー
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2019年12月8日日曜日

【第145回】 NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」を観て(その2)

 

9/29放映NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」は、AIで美空ひばりを蘇らせて新曲を披露するというプロジェクトです。「新曲を歌わせる」ということにより、このプロジェクトにはさらにさまざまな難問が待ち受けていました。

作詞を担当した秋元康は、曲の中に「語り」を入れることを希望しました。しかし、ひばりの語りは生前歌った1500曲の中にはほとんどなく、「悲しい酒」にしかありません。決定的に教師データが不足しています。そこに救世主が現れました。ひばりは、養子縁組をした甥の加藤和也を溺愛しており、地方公演のときは必ず連れて行ったものの、小学校に入るとそれもかなわず、代わりに童話をカセットテープに吹き込みました。和也はひばりの留守中それを聞いていたそうです。そのカセットテープが残っており、和也が提供。これを教師データとしてAIが自己学習を繰り返し、新曲の語りの部分を作ったのです。

曲が完成し、晩年のひばりを支えた美空ひばり後援会のメンバーが視聴。しかし、「力が感じられない」など厳しい意見が浴びせられます。秋元も「人間味がない。的確にデータで作っているので、雑味というか、人間臭さとか温かみとかに欠ける。これでは、人を感動させることはできない」と。これを聞いたAIプログラマーであるヤマハの大道龍之介は、「泣きそうになる」と言いつつも、「特徴はたぶん捉えていると思う。でも、ディテールが本物のそれではない。本当に細かい何かに再現出来ていない部分があるのではないか?」と決して諦めることはしません。 

そこで、歌声分析の専門家に依頼したところ、モンゴルの「ホーミー」という歌唱法と同じように「高次倍音」がひばりの歌声には出ていることが判明。通常1000~5000ヘルツで歌っている声の他に、7000ヘルツを超える(数オクターブ上)のもう一つの音「高次倍音」を同時に出して一人でハーモニーを作っていた。しかも、必要な箇所だけピンポイントに出して、一音ごとに音色を変えていたというのです。AIプログラマー大道は何度も楽譜と照らし合わせながら歌を聞いて、音程やタイミングのズレを見つけました。AIは楽譜に忠実に歌うことに留まっていたのだ。そして、楽譜から周波数(声の高さ)を作るAI、周波数から音色を作るAI、ビブラートのAI、タイミングのAIなど、何段階かのひばりAIを作り、それらを協調して動かし、音程とタイミングのAIの関与を強めてみました。そして1年近く経って、高次倍音が出現したのです。

そして、30年ぶりに3DCGに映し出された美空ひばりが、100人のスタッフ、200人近いファンの前で新曲「あれから」を歌います。皆涙を流して感動し「無限の可能性を感じる」「神様に出会ったような気がする」と、このプロジェクトは大成功を収めました。11/19日本コロムビアは、CD/カセットテープで12月18日リリースすることを発表。大晦日の「第70回NHK紅白歌合戦」で歌声が披露されることも決定しました。

AIに人間が支配されるのではなく、人間が何をAIに学ばせるのか?AIをどうコントロールするのか?が大切なことをこの番組は伝えました。AIにはない想像力を持った人間が、その創造性と革新性を発揮し、たゆまぬ努力をすることでAIを進化させ、活用することができるのです。Truthの子供たちを、これらができる人間に育てなければならないという思いを一層強くしました。

―人間の思いを科学がサポートする。科学や技術は人間の夢とか願いを具現化して奇跡を起こすのだと思う― 作詞家・秋元康


AI美空ひばり「あれから」

  https://www.youtube.com/watch?v=nOLuI7nPQWU


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2019年11月8日金曜日

【第144回】 NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」を観て(その1)

 ~ AIが「感動」を生み出す世界初の挑戦 ~

視線第132回・133回でご紹介したAIが東大合格できるかというプロジェクト「東ロボくん」では、英語の基本的な問題を解くのに、500億語の英単語が読み込まされ、19億文勉強させる必要がありました。これらはディープラーニング(深層学習)の多くで必要とされる「教師データ」と呼ばれるものです。教師データに人間の偏見(バイアス)が入り込む危険性があることも指摘されています(視線141回)。また一方で、「10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、AI(人工知能)やロボットに代替することが可能」というシミュレーション(視線112回)ものように、人間がAIに職業を奪われる不安もあります。では、人間はAIとどのように関わっていけばいいのでしょうか?

9/29放映NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」を観ました。これは、NHKやレコード会社に残る音源や映像をもとに、AIで美空ひばりを蘇らせて新曲を披露するというプロジェクトです。「ゲームや未来予測、金融などの分野では人間を圧倒するAIにとって、残されたフロンティアは、芸術すなわち人間の心の領域 ― 感動 ―である」という世界初の挑戦。新曲の作詞・秋元康、衣装・森英恵、振り付け・天童よしみが担当、これにAIプログラマー、CGデザイナー、3D投影の第一人者が加わります。亡くなった人をデジタルで甦らせることに賛否両論はありますが、蘇った美空ひばりの歌声に感動して涙すると共に、人間とAIの関わり方について大きなヒントを得たような気がしました。

新曲は全国から応募のあった200曲から1か月をかけて秋元康を中心に選びました。若手作曲家のポップス調の曲です。これに秋元が「川の流れのように」を作詞したニューヨークのカフェで詞を書きました。曲のイメージに合わせて、衣装は最後の10年間すべての衣装を担当した森英恵が作り、髪型は25年間担当していたメイクさんが似た女性の髪を結い、これらをCGに落とし込みます。歌うときの表情は、映像開発チームが顔の50か所が連動して動くシステムを開発し、膨大な映像を教師データとして顔の動きの法則をAIが学びました。問題は新曲を歌うひばりの振り付けです。専属の振付師はいなかった上、客の反応により自由自在に動いていたため、AIには予測不能。そこで、ひばりに憧れレコードやビデオを擦り切れるまで研究していた天童よしみが、モーションキャプチャーを付け、ひばりになりきって実際に歌い、その動きをCGに落とし込みました。

何といっても最難関は、「神秘の声」「七色の歌声」と呼ばれた、ひばりの歌声を再現することです。初音ミクを生み出した歌声合成ソフト「ボーカロイド」を使って、ヤマハのエンジニアが挑戦しました。実在した歌手本人の歌声を再現して再現することは、難易度が格段に高くなります。

・濁音を含め50音それぞれに4オクターブのすべての音を当てはめる(これだけで5000を超える)

・ビブラートの度合い 長・中・短の3種類を加える

・ファルセット(弱々しく息漏れさせた裏声)の強・中・弱の3種類を加える

・それぞれの音の次にどの音が続くか(ア→ア、ア→イ、ア→ウ…)の順列組み合わせを行う

これらは天文学的な数となり到底手作業は無理なので、ボーカルのみの音源を教師データとして、ディープラーニングでAIが自ら学習を繰り返します。さらに、1秒当たり100に分割し、どう歌うかをグラフと楽譜を照らし合わせながら解析し、ひばりの歌い方のルールを探します。人間が書けるルールは高が知れていますが、AIならば、何千万という条件分岐が可能とのこと。

 この挑戦の続きは、次回にお話しいたします。


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2019年9月8日日曜日

【第142回】メルケル独首相からのメッセージ(その1)

 ~ OECDキー・コンピテンシーとは? ~


OECDが行っている国際的学力調査PISAでは「キー・コンピテンシー(主要能力)」を定義しています。
①社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力 (個人と社会との相互関係)
②多様な社会グループにおける人間関係形成能力 (自己と他者との相互関係)
③自律的に行動する能力 (個人の自律性と主体性)
「変化」、「複雑性」、「相互依存」に特徴付けられる世界への対応の必要性を背景とし、個人が深く考え、行動することの必要性を求めています。深く考えることには、目前の状況に対して特定の定式や方法を反復継続的に当てはまることができる力だけではなく、変化に対応する力、経験から学ぶ力、批判的な立場で考え、行動する力が含まれます。

具体的にはどのような能力を指しているのでしょうか?前回紹介した4/12東京大学入学式で上野千鶴子氏(東大名誉教授・NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長)が行った祝辞では、次のように述べています。ここにヒントがありそうです。
「あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を貶めるためにではなく、そういう人々を助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」「あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです」「未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です」

また、5/30米ハーバード大の卒業式で行ったドイツのメルケル首相のスピーチは、当時トランプ米大統領と米政権を痛烈に批判する内容としてマスコミに取り上げられました。しかし、その内容は、「希望の6か条」を次世代に託す、とても示唆に富んだ内容です。OECDのキー・コンピテンシーとは何か知る一つの糸口になりそうです。

メルケル氏は1954年に生まれ、生後間もなくドイツ民主共和国(東ドイツ)に移住しました。カールマルクス・ライプツィヒ大学で物理学を専攻し、物理学者になります。そして、1989年ベルリンの壁が崩壊。東西ドイツは統一され、冷戦時代に幕を閉じました。そして、2005年からドイツ歴史上初の女性首相を務めています。彼女のスピーチは、ドイツの作家ヘルマン・ヘッセの「すべての物事のはじまりには不思議な力が宿っている。その力は私たちを守り、生きていく助けとなる」という言葉の引用から始まります。

次回、スピーチの内容をご紹介したいと思います。


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2019年6月8日土曜日

【第141回】人工知能は人間を偏見や差別から解放してくるのか?

 ~ 東大入学式の祝辞を聞いて ~

【第141回】トゥルースの視線

今年4月12日東京大学入学式で上野千鶴子氏(東大名誉教授・NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長)が行った祝辞が賛否両論含め話題となりました。


一連の医大入試における女子学生と浪人生の差別に触れ、各種データにより女子受験生の偏差値の方が男子受験生よりも高いことが証明されているのにも関わらず、東大では女性比率が「2割の壁」を越えていないこと、4年制大学進学率が女子の方が7%も低いことを指摘しています。そして、「これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです」と述べ、「あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」と入学者に厳しい言葉を投げかけます。

2018年12月に世界経済フォーラムが発表した経済・教育・健康・政治の4分野のデータから各国における男女格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」において、日本の順位は149か国中110位であることを考えると、様々な発言で物議をかもしてきた上野氏ですが、氏が指摘する日本にまだまだ残る男女差別の現状は極論と言うことはできません。日本が解決しなければならない、重要な問題の一つです。

男女差別だけではなく、世界には人種差別、民族差別、宗教差別、障害者差別、年齢差別、学力差別…多種多様な差別が存在します。「偏見(バイアス)」が差別を生みます。私たちの心には、自分でも気づかない「偏見」が存在しているのではないでしょうか? 当然、私自身の心にも。ある特定の社会や文化、生活習慣、人種、民族の中で育っている限り、偏見からは逃れられないような気もします。では、人工知能(AI)に様々な判断を委ねれば、偏見から解放されるのでしょうか?

2017年の世界的講演会「TED Conference」で、キャシー・オニール氏(ハーバード大学で数学の博士号を取得。 バーナードカレッジ教授を経て企業に転職し、アルゴリズム作成などに従事)は、「アルゴリズムを作るときに必要なものが2つあります。データすなわち過去の記録と、人が追い求める『成功』を定義する基準です。そして、観察と理解を通してアルゴリズムを訓練します。 アルゴリズムに成功と関係する要素を理解させるためです」と切り出します。彼女自身が料理するときの成功の基準は、子供たち野菜を食べることであることを例とし、「アルゴリズムとはプログラムに書き込まれた『意見』なのです。人々はアルゴリズムが客観的で正しく科学的なものと思っていますが、それはマーケティング上のトリックです」と警告します。

具体例として、ある大企業が人材採用プロセスを機械学習アルゴリズムに変えたら、まず女性は除外されるだろうと推測しています。なぜなら過去において女性が社内で活躍してきたようには見えないから。米国の多くの市町では深刻な人種差別があり、警察の活動や司法制度のデータが偏っている事実があり、「再犯リスク」アルゴリズムでは同じ犯罪でも黒人の方が白人よりも危険度が高く評価され、結果として刑期が長くなる傾向があるというのです。

オニール氏は、「バイアス(偏見)があるのは私たちで、どんなデータを集め選ぶかによって、そのバイアスをアルゴリズムに注入しているのです」と言います。そして、『アルゴリズム監査』の必要を説き、「私たちデータサイエンティストが真実を決めるべきではありません。私たちはもっと広い社会に生じる倫理的な議論を解釈する存在であるべきです。この状況は数学のテストではなく政治闘争なのです。専制君主のようなアルゴリズムに対して、私たちは説明を求める必要があります。ビッグデータを盲信する時代は終わらせるべきです」と。

人工知能は『倫理問題からの解放』カードを私たちにくれたりしません。つまり、私たちは人間としての価値観や倫理感をよりしっかり持たねばなりません。
― ゼイナップ・トゥフェックチー(テクノ社会学者、ハーバード大学バークマン・センター准教員) ―


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2019年5月8日水曜日

【第140回】PISAの大人版「国際成人力調査(PIAAC)」②

 ~ ITを活用した問題解決能力は? ~

【第140回】トゥルースの視線

前回、OECDが16歳以上65歳以下の成人を対象行ったPISAの大人版「国際成人力調査(PIAAC)」の、「読解力」と「数的思考力」の結果についてご紹介しました。今回はもう一つの分野「 ITを活用した問題解決能力」の結果をご紹介したいと思います。「ITを活用した問題解決能力」は、情報を獲得・評価し、他者とコミュニケーションをし、実際的なタスクを遂行するために、デジタル技術、コミュニケーションツール及びネットワークを活用する能力と定義しています。調査は原則として、パソコンを用いたコンピュータ調査により行われるがますが、以下の場合には、紙での調査を行います。①背景調査において「コンピュータを使った経験がない」と回答した場合 ②コンピュータ調査を拒否し、自ら紙調査を希望した場合 ③コンピュータの導入試験(ICTコア)で「不合格」となった場合。なお、紙調査の場合ITを活用した問題解決能力の調査は行いません。

結果を見ると、日本は、コンピュータ調査ではなく紙での調査を受けた者の割合が36.8%とOECD平均の 24.4%を大きく上回っています。コンピュータ調査を受けなかった者も母数に含めたレベル2・3の者の割合で見ると、OECD平均並み。一方、コンピュータ調査を受けた者の平均点で分析すると、日本の平均点は294点であり、 OECD平均283点を大きく上回り参加国中第1位、60~65歳を除いた全年齢層でOECD平均より高い結果となっています。ただし、16歳~24歳は僅差でしかありません。

問題は、全体のテストをパソコンで受験が可能かを判定する事前テスト(ICTコア)の不合格率は24カ国中最高(10.7%)、パソコンによる回答を拒否した割合が3位(15.9%)だったということです。また、パソコンを使えても、25歳~39歳をピークに、それより若い人たちのスキルが低く、その年齢を超えると下がる一方となっています。レベル3の問題(日本は3位)は、パソコンを使う職場では最低限のスキルだと思われますが、日本人のわずか8.3%しかクリアできていません。そのことから、次のように指摘する人もます。

●パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。

●65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。ITを活用できない層が多いという特徴がある一方で、 ITを活用できている層では習熟度が高いという二極化の傾向を示しているのではないでしょうか?PIAACでは、3分野のスキルの直接測定だけでなく、成人のスキル発達の状況、スキルの使用状況、労働市場への参加状況や健康状態、社会的活動等への参加等の背景情報も併せて調査されました。そこで指摘されるのが、以下の点です。

●日本では、読解力・数的思考力のいずれも、低い学歴でも高い習熟度を示す国として特筆されており、学歴の違いによる習熟度の差が小さい傾向が見られた。

●情報処理系スキルに関して、日本は職場での「読解スキル」と「筆記スキル」の使用頻度がOECD平均 より高く、「数的思考スキル」「ICTスキル」「問題解決スキル」の使用頻度がOECD平均より低いという特徴が明らかとなった。

●日本は、自分の学歴と比べて仕事で必要とされる学歴の方が低いと回答した割合が31.1%であり、OECD平均(21.4%)を上回り、最も高い国の一つであった。逆に、仕事で必要とされる学歴の方が高いと回答した割合は8.0%で、OECD平均(12.9%)を下回り、低い国の一つで あった。

特に3点目は、仕事で求められるスキルと自分のスキルが合わない状態で就業するという「スキルミスマッチ」や「スキルギャップ」という問題です。この点について、「仕事で求められる学歴よりも自分の学歴の方が高い人 はスキル習熟度の点数が低く、その学歴の人が本来持つべき習熟度を持っていない」との指摘もあります。もはや「勉強ができればいい、いい大学に入ればいい」というだけの時代は終わりました。今の教育の目的は、「学習者が何をどのように学ぶのか?何ができるようになるのか?」にあります。2000年にTruthが受験指導からSTEM教育に切り替えたのも、まさにこの理由によるものです。


【参考文献】

「PIAACから読み解く近年の職業能力 評価の動向」深町珠由 (労働政策研究・研修機構副主任研究員)

「OECD 国際成人力調査調査結果の概要」 (文部科学省)


トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

トゥルースアカデミー
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2019年4月8日月曜日

【第139回】PISAの大人版「国際成人力調査(PIAAC)」①

 ~ 日本人の読解力と数的思考力が危機!? ~

【第139回】トゥルースの視線

OECD(経済協力開発機構)が行う国際的な学力到達度調査「PISA(ピザ/ピサ)」が現在先進国の子供たちに求める学力であることは、既に常識となっています。直近の2015年の結果では、科学的リテラシーが2位、数学的リテラシーが5位、読解力が8位でした。視線132回・133回でご紹介した「東ロボくん」プロジェクトを行った国立情報学研究所教授・新井紀子教授は、読解力について次のように警鐘を鳴らしています。「2000年から6回連続でトップ10入りしています。ただ、この数字を過信しないでください。日本は世界にも稀に移民の少ない国です。日本で生まれた日本語を母語として育つ子どもの割合が極めて高い。移民の多いドイツやフランスなどに比べて読解力が高い、というのは数字のマジックに過ぎないからです」と。そして、全国読解力調査を行い、3人に1人が教科書を読めない(内容理解を伴わない表層的な読解もできない)という結論に達しました。

実は、読解力の危機は子供に限ったことではないのです。

PISAは15歳を対象としていますが、大人版のPISAとも言うべき「国際成人力調査」(PIAAC/ピアック)の第1回調査をOECDは2013年に行いました。OECD加盟国等24か国・地域が参加し、16歳~65歳までの男女個人を対象として、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」及び調査対象者の背景(年齢、性別、学歴、職歴など)について調査。OECD各国では、経済のグローバル化や知識基盤社会への移行に伴い、雇用を確保し経済成長を促すため、国民のスキルを高める必要があるとの認識が広まっています。そのような中でPIAACは、スキルの向上に対する教育訓練制度の効果などを検証し、各国における学校教育や職業訓練など今後の人材育成政策の参考となる知見を得ることを目的としています。

結果は、読解力・数的思考力が1位、ITを活用した問題解決力が10位でした。これを見ると、日本の大人は国際的にも非常に優秀であることは間違いありません。また、読解力ついては、5段階中レベル3・4の者の割合が参加国中最も多く、2以下の者の割合は最も少ない。レベル5の割合も5番目に多い。レベル1以下が10%未満であるのは参加国中日本のみ。数的思考力は、レベル3・4の者の割合が参加国中最も多い一方、レベル2の者の割合も2番目に少なく、レベル1以下の割合は最も少ない。レベル5の割合は7番目に多い。1以下の者の割合が10%未満であるのは、参加国中日本のみ。というように、中間層の厚さが目立ちました。これは世界に誇れる教育水準の高さに起因しているように思います。

しかし一方で、読解力と数的思考力は、ホワイトカラーの仕事(専門職)にはレベル4以上が必要とされています。高度な知的作業ができるスキルをレベル5とするならば、日本におけるその割合は読解力で1.2%(OECD0.7%)、数的思考力で1.5%(OECD1.1%)しかいません。一方、レベル3以下だとオフィスワーカーに必要なスキルに達していないとされます。その割合は76.3%(OECD87%)になります。このことから次のようなショッキングな指摘もあります。

・日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。

・日本人の3分の1以上が小学校3~4年生の数的思考力しかない。

さらに深刻なのは、読解力と数的思考力で確かに1位ですが、年齢別の得点を見ると、16~24歳の数的思考力ではオランダとフィンランドに抜かれて3位に落ちるという事実です。これからの日本を担う若者たちの実情を考えると日本の行く末を案じる気持ちも分からなくありません。

トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

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2019年3月8日金曜日

【第138回】世界の教育をリードする教育展示会「BETT」見聞録②

 ~教育はどのような未来に進んでいくのか?~

【第138回】トゥルースの視線

日本でもそうですが、「little Bits」に似た電子ブロック系の教材も種類が豊富になりました。小学低学年でも扱いやすい大きいブロックを使ったり、レゴと組み合わせられたりするものもいくつかありました。これまでこの学年の子は電子ブロック系ですと工作が大変でしたが、レゴと組み合わせることにより、これまでよりずっと表現しやすくなると思います。一方9年前は大きなブースを構えていたレゴエデュケーションですが、今回は単独のブースを構えていませんでしたが、いくつかの代理店のコーナーに登場。特に、ルービックキューブをそろえる完全自律型のロボットが目を引いていました。また、3Dプリンターや木や金属など様々な素材を削るカッティングマシンなどの工作機械も多くなりました。小型バスの中に様々な工作機械を置いて実際に体験できる「ファブラボ」ブースがあり、日本企業のブラザーも自社製品を出展していました。小型で低価格のものや、モジュールだけを変えればいろいろな物を削ることができるものなど、種類豊富です。9年前まだ日本の初等・中等教育には見られなかったデータロガー(実験のデータを取る電子器具)も無線に対応したものや、コンパクトで多機能なものも登場していました。

アクティブ フロア

しかし、何といっても目立ったのは、AR(拡張現実)やVR(バーチャル・リアリティ)の教材が増えたこと。ゴーグルをつけて3D の仮想現実の中に入って体験したり、パソコンの中の世界と現実の世界が連動したりする教材がいくつもありました。また、椅子のような床置きの大きなタブレット、指の繊細なタッチも感知して実際に鉛筆や筆で描くように絵を描くことができる大きなタッチスクリーン、日本の各地でイベントを行っている「チームラボ」のように、映像を床に映し出して人間の動きと連動して映像が動いたりするフロアスクリーン、大きな布製の立方体の椅子と電子黒板とが連動して子供が身体を使ってその立方体を動かして学べるものなど、技術による進化とその応用には目を見張るものがあります。

電子黒板と現実のコラボ

9年前には電子黒板を使ったカリキュラム作成支援ソフトの豊富さに驚きましたが、今回は子供が自分で学べる電子黒板もいくつか登場していました。まさに、これからの教育を暗示するものです。これまでは先生が行う授業を支援してきたものが、子供たちのアクティブラーニングを支援するものに、その使い方が変化してきたことを意味します。iPadのようなタブレットでは当たり前のことですが、教室で使える大きなものでしたら協働学習が可能になります。私共が実践してきた教育理論「社会的構成主義」を実現する一つのアイテムになりそうです。先生は、知識を与え教える立場から、子供の学びをデザインし、子供の活動をファシリテート(円滑に進むように促進)する立場に変わることが、ますます要求されるようになるのではないでしょうか?

私共が歩んできた道が正しかったことを改めて実感しましたが、技術は日進月歩です。このBETTで出会ったいくつかの優れた教材を検証し、Truthの授業に有効に取り入れる方法を模索したいと思います。また一方で、2020年から小学校でプログラミングが必修科目になりますが、教育の在り方が変わらなければ、プログラミングも単なる一つの教科に終わってしまいます。むしろ、プログラミングを教科にすることによって、教育そのものをどう変えていくか、考えなければならないのではないでしょうか?

トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

トゥルースアカデミー
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2019年2月18日月曜日

【第137回】世界の教育をリードする教育展示会「BETT」見聞録①

 ~ロボット教材百花繚乱~

【第137回】トゥルースの視線

まだ午後3時を回ったばかりなのに、辺りは既に薄暗くなりかけ、どんよりとしたヒースロー空港に降り立つと小雪が降っていました。ロンドン市街に向かう電車は数少ない寡黙な乗客を乗せて、次第に強さを増してくる雪の中を時折単調な車内アナウンスを流しながら走っていきます。すっかり暗くなってやっとたどり着いたロンドン塔近くのホテルの窓からは、眼下にライトアップされたブリッジタワーが見えます。翌日から毎年ロンドンで開催される世界最大規模の教育ICT展示会「BETT」(British Educational Training and Technology Show)が始まります。


ExCeL London

今年は1/23~26に例年通りExCeL London(エクセル展覧会センター)で開催されました。新しい教材との出会いを求め、これからの教育の潮流を直接見たいという思いから、前回訪れた2010年以来9年ぶりの参加。まだ正式な数字は発表されていませんが、今年は850社を超えるリーディングカンパニー、100社以上のスタートアップカンパニーが参加し、2017年には34,000人の来場者があったとのこと。ExCeL Londonは巨大な展示会場です。BETTはその左右に分かれた片側10ホールをすべて使用し、ホールの中も外の幅広い廊下も教育関係者で溢れんばかりの賑わいです。ヨーロッパやアメリカ、アフリカ、そしてアジアからも来場し、日本人の方も何名かいらっしゃいました。来場者の中には、先生に引率された地元小学校の生徒たちもグループでいくつか見られ、いろいろな教材を実際に使って興じていました。先生方はその姿を見て、教材の選定や活用方法について思いを巡らせているようです。

MicrosoftやGoogle、DELL、Lenovoなどの世界的なIT企業に加えて富士通やエプソンなど日本の企業も大きなブースを構え、教育業界に本腰を入れている状況がまず目に飛び込みます。また、ロシアやブラジルなど国を挙げて出展しているブースもありました。教材では、アジアの国では日本の企業は少なく、中国や韓国、台湾の企業が多い印象でした。

今回の特徴としてはまず、英国での開催ということもあり、Truthのダヴィンチ・ジュニアⅢのクラスでも使用し春休みサイエンス講座でも行う「micro:bit(マイクロビット)」が目立ったことです。micro:bitはBBCがSTEM教育のために開発し、中学1年生全員に100万台無料配布した、プログラムができるマイコンボード(超小型コンピュータ)です。micro:bitに接続できるモジュールやMicrosoftとBBCが共同開発しているカリキュラム、自社製品をmicro:bitと組み合わせた教材など様々な形で展示やデモが行われていました。電子工作・プログラミングだけではなく、Truthのジュニア・インベンターで行っているように、データロギング(実験データの収集)を行ったり、さらにそのデータを活用して何かを制御したりする活動も紹介されていました。

また、ロボット教材が百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相を呈していました。従来のロボットの類似品も当然多くありましたが、特に、Truthの夏休みサイエンス講座で使った「Bee Bot」のように、パソコンやタブレットを使わない、幼児から児童向きの新教材が種類を増やしたようです。カード上のブロックを板の上に並べて、それをカメラで読み取り、そのプログラムをロボットに無線で送って動かすものや、Scratchに似たコマンドブロックをScratchと同じように机の上に置き、直接ロボットに送って動かすもの、「MESH」のようにタブレットで直感的にプログラミングできるアプリを備えたものなど多様性を増しています。なんと、Bee Botも障害物を認識したり、お互いに通信できたりするなど進化していました。汎用性のある教材を求めるよりも、対象年齢や学習目的を明確にして教材を求める時代です。これだけ多様な中から選ぶとなると、サンプルを輸入してその長所や短所を比較検討する必要性があるようです。

トゥルースアカデミー代表 中島晃芳

トゥルースアカデミー
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2019年1月23日水曜日

トゥルースの視線【第136回】


2019年新年のご挨拶
~ 人類は新たなステージへ ~


平成最後の年、東京は晴れて穏やかに明けました。昨年1220日、天皇誕生日を前にした天皇陛下の記者会見での、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」というお言葉が心に残りました。思えば、昭和64年すなわち平成元年に、トゥルース・アカデミーは産声を上げました。そして今、平成の世が終わり、新たな時代が始まります。明けましておめでとうございます。

毎年元旦には新聞各紙に目を通しますが、ここ数年はITやAI(人工知能)、ロボットといった技術革新の特集が毎年組まれています。今年出色なのは、「つながる100億の脳 常識通じぬ未来、『人類』問い直す」というタイトルで始まった日経新聞『Tech2050新幸福論』の特集ではないでしょうか?①猿人から都市国家(個から集団へ変化)②第1次~第2次産業革命(動力・エネルギーの革新)③第3次産業革命(情報処理・共有の発展)④生命科学の進歩(人の限界への挑戦)に続き、今バイオとデジタルの発展により、「ヒト、機械、ネットワークの融合」を目指す「第5の革新」が加速度的に進行しているとのこと。その内容には大変驚かされます。全世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、その最新作『ホモ・デウス』で、これまで人類が苦しんできた「飢饉と疫病と戦争」は、もはや無力な人類の理解と制御の及ばない不可避の悲劇ではなく既に対処可能な課題となったと語り、次なる人類の課題として「不死と幸福と神性」を標的にする可能性が高い、ロボットやコンピューターと一体化しながら人間(ホモ・サピエンス)を神(ホモ・デウス)にアップグレードするだろうと予想します。日経の特集は私たちがまさにその過程にあることを自覚させるのに十分な内容でした。



カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究室でアリソン・ムオトリ教授が培養液を満たした皿に見せた白い物体は、人間の様々な細胞や組織に育つiPS細胞から作った「人工脳」。3カ月前ワシントン大学とカーネギーメロン大学の研究チームは3人の脳を特殊なヘッドギアなどで結び、脳波を通じてテトリスに似たゲームを共同でこなす様子を詳述し、複数の人の脳を安全につなぎ問題解決した初の例とした。脳と機械、そして脳と脳をつなぐブレイン・ネットワーキングの先駆者であるデューク大学教授ミゲル・ニコレリスは「脳同士が会話できれば言語すらも省略できる」と話す。50年の世界人口はおよそ100億人。時間や場所の制約も越え、人類のコミュニケーションや知の探求は速度と広がりを増すと。

ワシントン大学の今井真一郎教授らは老化を抑える長寿遺伝子を突き止め、日本企業が大量生産に成功し一部市販もされている。スタンフォード大学の中内啓光教授はブタの体内で人間の膵臓の作製を目指し、「いずれは生きた臓器同士の交換が始まる」と言う。国際電気通信基礎技術研究所は、二本の手と脳波で第3の腕を同時に操るロボットアームを開発。ロボットベンチャーのメルティンMMIは人間の動きを再現する制御技術と組み合わせ、肉体の一部を機械に置き換えるサイボーグ技術の実現を目指し、「脳さえあれば何でもできる社会」を究極の目標とする。フィンランドのスタートアップ企業ソーラーフーズは、水から水素を取り出して二酸化炭素に混ぜ、バクテリアに食べさせてたんぱく質を作る技術の試作に成功。農業や畜産の資源に恵まれない国でも食糧大国になれる。カナダのカーボンエンジニアリング社は、大型ファンで大気を集めて化学反応などで二酸化炭素を抽出して水素と混ぜてガソリンや軽油、ジェット燃料を作り出す。空気から燃料が作れるのだ。起業家のムハマンド・ヌール氏は仮想通貨の基礎技術であるブロックチェーンにより「国家は丸ごとデジタル化できる。国家に支配されないコミュニティをテクノロジーの力で作る」と語る。スタートアップ企業テレイグジスタンス社はヘッドセットグローブを身につけて体を動かすと遠隔地のロボットが連動する、世界中を自由に「移動」できる技術を開発した。人類を隔ててきた「距離」が消え国境をやすやすと飛び越えられるようになる。






これらの技術が加速度的に開発され実現していき、「超人」と呼ばれる新しい人類が出現していく時代において、今の子供たちにどのような教育が必要となるのでしょう?

「研究室で優秀な学生だなと思い、出身を聞くと『どこどこ高専です』『高専でロボコンやっていました』と答える学生が多い。これまでに研究室には高専出身者が10人ほどいて、本当に外れがなくて優秀だ。高専生は日本の宝だ」と話す、人工知能分野の第一人者ある松尾豊・東京大学大学院特任准教授の言葉にヒントが見つかりそうです(日経産業新聞2018/11/15)。

松尾氏は述べる。「ディープラーニング(深層学習)の研究はロボティクスのような機械などのリアルな世界の方向に進んでいる。自動運転、医療画像、顔認証など画像認識にはイメージセンサーやカメラが必要だ。電気や機械の基礎知識を習得した高専出身者は強みを発揮できる。ディープラーニングを学んでから電気や機械を学ぶよりも、逆の順の方がはるかに簡単で身につきやすい。電気や機械の基礎を学ぶには1、2年はどうしてもかかるが、ディープラーニングはあっという間にできるようになることがある。これからのAI時代の三種の神器は電気、機械、ディープラーニングだ」「高専出身者はとにかくやってみて、結果を私のところに持ってくる。こちらも的確な指導ができて、次のチャレンジにどんどん進んでくれる。いろいろなモノを使えるようにする実装力がある。プロジェクトのリーダーとしてもふさわしい」と。

2020年小学校での必修化に伴い、世はプログラミング教育に浮き立っている感があります。しかし、現実社会はもっと先に進んでいて、求められる能力はプログラミング・スキルだけではありません。トゥルースは、STEM教育を始めてから18年余り、ブロック・サイエンスやロボット・サイエンスでのメカニズムとプログラミングの融合、データロギングの学習、リトル・ダヴィンチでの算数活動や電気の学習、それらとプログラミングの融合など、いろいろな教育的チャレンジを行ってきました。しかもそれらを、21世紀に求められる「社会的構成主義」(視線128回参照)という教育理論に基づき、「ハンズオン」という直接体験型の学びを通して。トゥルースが提供する学びの形は変わりませんが、さらに時代が求める教材とそのカリキュラム開発に全力を注ぎ、邁進していきたいと考えております。本年もよろしくお願いいたします。


人間の定義は技術の進展に応じて変わる。
いま必要なのは、自分自身は何者なのか考えることだ。
― 世界初の完全自律対話型アンドロイドの創造者・石黒浩大阪大学教授 ― 
 

トゥルース・アカデミー代表 中島晃芳
トゥルース・アカデミー